第二幕:新六甲島に古生物はいらない

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「今日も遅刻か、ハルツキ!」  ほら、班長に怒られた。やっぱり今日は幸先が悪い。  幸いにして西門の方には人が集まっていなかったため、俺はすんなりと社内に入ることができた。しかし順調だったのはそこまでだ。  いや、大事な朝食を握り潰してしまっていた時点で、既に順調ではなかったか。  ともあれ、俺は危険古生物対策課に着いて早々、班長の説教を食らうはめになった。ヒトウドンコ病エピデミック以前には三度の(ライス)よりサンライズと謳われたという島民のソウルフードを握り潰してしまってなお、めげることなくきちんと出勤した優良社員に対してこの仕打ち。これを理不尽と言わずしてなんと言おう。 「待ってください、班長! 今回ばかりは遅刻にもちゃんと事情があるんです」 「なんだ、今度はギガノトサウルスに襲われたとでも言うつもりか?」  なるほど、そういう言い訳をする手もあるか――と思ったが、よく考えてみるとそもそもうちの社が復活させた古生物のリストにギガノトサウルスは含まれていないはずだ。 「そんな見え透いた嘘はつきませんよ」 「それってつまり、見え透いてない嘘はつくってことなのかなー?」  くすくす笑いながら横で呟くツツジを、軽く睨む。  余計なことを言って班長に聞かれたら、どう責任をとってくれるのだ。  班長は腕組みをしてこちらを睥睨する。 「聞くだけは聞いてやろう。で、今日はなんで遅刻したんだ?」 「まず、サンライズがですね――」 「前言撤回だ。やっぱり聞くだけ無駄だったようだな」 「いや、待ってください。ちゃんと聞いてください。なんか正門の前にプラカードを持った人達が集まってて、入れなかったんですよ」 「ああ、あいつらか」  班長は溜め息をついて頭を振った。 「報告は受けてるよ。NInGen社は古生物を復活させるなとか、新六甲島に古生物はいらないとか言ってるんだろ? まったく、滑稽な奴らだな」  滑稽、か。辛辣な言い方だが、今の新六甲島がNInGen社に支えられており、そしてそのNInGen社が古生物復活研究の規制緩和と引き換えにこの島の復興を請け負っていることを考えれば、確かにその通りだろう。  俺としてはそんな風に班長の意見にも一理あると考えたのだが、当の班長は言った直後にしまったというような顔をした。 「……今のは失言だ。忘れてくれ」  まあ、島民の俺が言うならともかく、本国人である班長の口からそんな言葉が出てしまうと余計な反発を買う恐れはあるか。 「忘れます忘れます。きれいさっぱり忘れますとも。だから俺の遅刻も忘れてくれません?」 「忘れるわけにはいかないが、まあそういう事情があるなら今回ばかりは仕方ないな」  やったぜ。チョロいな、班長。  そう思ったのも束の間、予期せぬ伏兵が現れた。 「いやーそれにしても、朝の十時から文句言うために集まるなんて、ご苦労様だよねー」  班長の眉がぴくりと動く。 「ちょっと待て、ツツジ。今の話は本当か?」 「今の話ってなんですー?」 「連中が集まったのが朝十時というところだ」  あああ、まずい。これはまずいぞ。 「やだなぁ、ツツジさんってば。あの人達はもっと早い時間から集まってたよね?」  古人曰く、目は口ほどに物を言う。俺は口では今のような言葉を並べつつも、班長に気づかれないよう目でツツジへと合図を送る。  お前、話を合わせろよ――と。  俺の視線に気づいたツツジは、ちらりとこちらを見ると、分かってるよとでも言うかのようににっこりと微笑んだ。  そして再び、班長の方へと顔を向ける。 「まっちがいなく本っ当ですよー、班長! ほーら、あの人達のサイトにも、ちゃんと午前十時に集合って書いてありまーすっ」  お、おのれツツジ! こいつ、分かっててやりやがったな。 「おっといけない、そういえばちょっと人に呼ばれてるんでした」  そう言ってそそくさと部屋を出ようとする俺の肩が、後ろからがっしと掴まれる。 「お前……正門に来た時点で既に十時を過ぎてたということは、どっちにしろ遅刻だったんじゃないか!」  どこかからの連絡を受けて班長が部屋を出て行き、長々と続いた説教からようやく解放された俺は、自分の椅子を引きながら隣のツツジをじろりと睨んだ。 「いったい俺に何の恨みがあるというんだ」  ツツジはすました顔をしている。 「これはハルツキ君に遅刻をしない良い子に育って欲しいという、ツツジちゃんからの愛の鞭。大人になるのだ、ハルツキよ。さすれば、いずれ私に感謝する日がくるであろう」    なんだそれは。なにかの台詞の真似か? 「お前は他人のことをとやかく言えるような勤務態度じゃないだろ。俺は知ってるんだぞ、お前が勤務中にしょっちゅう『一度は見てみたい世界の絶景百選』とか見てるのを」 「あれは私の活力の源だから許されるんですー。今頑張ってお金を貯めておけば、将来、島の外に出ても良いってなった時に行けるところが増えるぞーっていうのをモチベーションに私は仕事してるんだからさ。悔しかったらハルツキ君も私を見習って、班長にバレないよううまくやれば良いんだよーっと」 「同じ仕事場なのに、どうバレないように遅刻すりゃ良いんだよ。はー、まったく、だいたい班長は遅刻くらいでカリカリしすぎなんだよな。緊急時には夜中でも呼び出される仕事なんだから、その分、何も起こってない時は少々ルーズでも許されるべきじゃないか」 「すごい、これだけ毎日怒られてるのに反省の色がまったく見えない。これはもう一種の才能なのかもしれない」  間の悪いことに、ちょうどそこへ班長が戻ってきた。 「あっ、班長、間のわる……じゃなくて、真に受けないでくださいね、ツツジの言ったことを。俺は反省することしきりです。本当ですよ。反省という言葉に形を与えたら、そこには俺の姿が浮かび上がることでしょう」 「何を言っているんだ、お前は」    良かった、どうやら先ほどの会話は聞かれていなかったらしい。 「そんなことより、仕事だ。あいにくと夜中じゃないが、まさに今が呼び出されるべき『緊急時』だぞ」    やっぱり聞かれていたらしい。これは、その『緊急時』が終わった後には、またお説教コースだろう。
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