第三幕:特定危険古生物・コードネーム〝チャレンジャー〟

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「ちこくちこくー……と、何だこの渋滞」  いつも通り遅刻して走る俺の目の前には、いつもなら見られない延々と続く車の列があった。  住民の多くが島内の移動に新六甲ライナーと呼ばれる鉄道を使うこの島では、車の交通量自体が少ない。したがって、こんな風に渋滞が起こるのは非常に稀だった。 「事故でもあったのかな。あ、そうだ。今日の遅刻はこれのせいにしよう」  俺は自動車通勤というわけではないので、車の渋滞が起こったところでそれが遅刻の原因になったりはしないのだが、そのあたりはまあ、なんとでも誤魔化せるだろう。  いや、誤魔化す必要自体無いのかもしれない。最近のミナ班長は、心ここにあらずなのだ。原因は明白で、イエナオさんのことが気がかりなのである。  なんでも、この前イエナオさんを捕まえていった連中は通常なら表に出てこない特殊治安部隊で、形式上はNInGen社の一部ということになっているものの、指揮系統は完全に独立しているのだという。ユーレイ社長ですら直接指令は出せないのだという話だが、そこまでいくともはやNInGen社の一部と言えるのかどうかすら怪しい。  そうした事情ゆえにか、イエナオさんとの面会がかなわないのみならず、猛虎班の幹部だという疑惑がどの程度確実なものなのか、もし本当にそうなら量刑がどうなるのか、そして今どうしているのかといった情報すら渡してもらえないとのことだった。  俺も力になりたいところだが、班長と違って上層部とのパイプが何一つとして無いのでどうしようもない。  それにしても、遅刻しても班長に怒られない生活というのがこんなにも張り合いの無いものだとは思わなかった。この分では、俺は虚しくなって定刻通り出勤するようになってしまうかもしれない。なんということだろう。俺が定刻通り出勤だなんて、これはアイデンティティーの崩壊と言っても過言ではない。  俺の思考は、そこで唐突に中断された。すぐ目の前の車のボンネットの上に、何かが飛び乗ったのだ。  数々の危険古生物を相手にしてきた勘で、とっさに飛び退く。  しかしその生物は俺の方をちらりと見ただけで、そこからまたジャンプして遠ざかって行った。その身のこなしは、俺が今まで見てきた生物の中でも、かなり素早い部類だ。  慌てて、その後ろ姿を情報端末付属のカメラで撮影する。  なんだ今の奴は。  チーターのようなしなやかでほっそりとしたフォルムの四足獣だが、チーターと違い尻尾は無く、その全身は金色の体毛で覆われていた。大きさは人間と同程度。視覚優位の動物らしく、目は大きいが鼻先はあまり突き出しておらず、耳もそれほど大きくない。  俺は困惑と恐怖を感じた。  RRE法開発以前から新六甲島にいる野生動物では断じてない。だがNInGen社が復活させた古生物のリストにも、あんなものは無かったはずだ。  もっとも、それだけのことであれば困惑はすれども恐怖までは感じない。  一瞬だけだったが、俺は見たのだ。奴の顔は目が真正面を向いており、そして開いた口には大きく鋭い牙が並んでいた。捕食者の特徴だ。さっき俺が襲われなかったのは、きっと単に運が良かったにすぎない。出勤途中で武器も無い今だと、為す術無く喰われていてもおかしくはなかった。  なんだか分からないが、何かまずい事態が起こっている。 「メガネウラ、ミナ班長と通話したい。繋いでくれ」  班長が出るのを待つのももどかしく、俺の足は走り出していた。
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