第三幕:特定危険古生物・コードネーム〝チャレンジャー〟

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 ミナは逃走を続けるセンザンコウ型の後を追っていた。  走りながら、マップの表示に時おり目を向ける。ヒョウ型とセンザンコウ型がそれぞれお互いに向かって移動していることもあり、両者の距離はもうすぐそこまで迫っていた。ただ、建物の屋上にいるのであろうヒョウ型の方の姿は、下にいるミナからは見えない。 「ハルツキのやつ、本当に大丈夫なのか。このままだと、二頭が合流してしまうぞ」  不安が胸を過ったその時、百メートルほど先の建物の屋上から屋上へと飛び移る影が視界に入った。素早すぎて一瞬しか見えなかったが、地図上でA+のタグが表示されているのと同じ位置だ。あれがヒョウ型か。  同じものを目にしたのか、センザンコウ型が後ろ足で立ち上がり、鳴き声をあげる。その声は、まるで再会を喜んでいるかのように聞こえた。  ヒョウ型の方もセンザンコウ型の姿に気がついたのか、更にこちらの建物へと飛び移ってくる。  その時――。  飛び移ろうとした先の建物から、銃声が連続して響いた。いくらスピードに優れるヒョウ型とて、空中では回避行動に移れない。銃弾の運動エネルギーを真正面から次々と浴びせられ、その体は血飛沫をあげながら揺れ動く。  その姿は、まるで空中で踊っているかのようにも見えた。  しかしその演舞も一瞬で終わり、ボロ雑巾のようになった体はそのまま落下していく。地面への激突の瞬間、ミナは思わず顔を背けた。だが、肉と骨が地面に叩きつけられ潰れるぐちゃりという嫌な音からは、逃れることはできなかった。 「アアッ、アアッ! オゥアアアアアアアアアアアアアァーッ!」  耳をつんざかんばかりの絶叫が響き渡る。叫んでいるのは、センザンコウ型だった。左手で掴んでいた少女を取り落とし、ヒョウ型のもとへそのまま全力で駆けていく。人質を手放したことで四肢の全てを存分に使えるようになったためか、先ほどまでとは比べものにならないスピードだった。センザンコウ型にこれほどの速度が出せたのかと驚くほどだ。  だが、銃で狙えないほどではない。 「人質は解放された。撃て! この機を逃すなっ」  ミナの号令に続いて、センザンコウ型の装甲を貫くために用意された対物ライフルの銃声が響く。  一発目は急所を逸れ、右足首に当たった。  センザンコウ型は血を吹き出す足を引きずりながら、なおも前に進もうとする。その背を、二発目、三発目の銃弾が次々と貫く。そして続く一発が後頭部を捉え――その巨体はついに、どう、と音を立てて地へと伏した。  しかしその命の灯火は、まだ完全に消えてはいなかった。  もはや原型を留めぬ肉塊となったヒョウ型の方へ、センザンコウ型は弱々しく右手を伸ばす。あと僅(わず)かで届かんとした時、とどめの一発が撃ち込まれ、その手はついに、力なく地面に落ちた。あたりには、血溜まりが広がっていく。  一時はどうなることかと思ったが、ヒョウ型とセンザンコウ型、その両方を無事仕留めることに成功した。けれども、ミナの心に喜びが湧くことはない。むしろ、なんとも言えない苦い感情がこみ上げてくるばかりだった。  仕方がなかった。今まで危険古生物といえどもできるだけ殺さないようにしてきたが、こいつらは特定危険古生物だ。他とはわけが違う。特定危険古生物が我々の制御を離れた場合、最悪、この島がまるごと地図から消えることになりかねない。だから、こうするしかなかったんだ。  誰に責められているわけでもないのに、ミナは誰かに言い訳したくてたまらなかった。だが、その言い訳を聞いてくれる者は誰もいない。この場にいるのは、ミナを除く全員がいわゆる島民と呼ばれている者達だ。彼らは誰一人として、自分達がたった今その手にかけた生物についての真実を知らない。  だからこの罪悪感は、自らの心の内に留める他無かった。  それにしても。こいつらは特定危険古生物だからわけが違う、か。まさか自分がそんな言い訳を考える日が来ようとは。    ミナは自嘲する。  まるっきり、あの時のあいつらと同じ理屈じゃないか。そう、私の大切な家族を殺したあの時の――。 「班長」  横から呼びかける声に、はっとして顔をそちらへと向ける。そこに立っていた者の姿を目にして、ミナの顔から血の気が引いた。
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