第三幕:特定危険古生物・コードネーム〝チャレンジャー〟

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「まっ、ツツジちゃんの手にかかればこんなもんですよねー」    ハルツキ達がヒョウ型を最初のビルから逃がしてしまったのとちょうど同じ頃、麒麟島ツツジは既に自分の担当するクマ型を仕留めることに成功していた。そして手の空いたツツジが向かった先は、四頭のうちで唯一、第一班のメンバーが誰も担当していない、もう一頭のヒョウ型のところだった。  何か問題が起こるとしたら、そこだと考えてのことである。  ここでハルツキであれば、一度各チームに連絡をとってそれぞれの状況を聞き、その上でどこに助太刀に行くかを判断したことだろう。  ツツジはそんな手順を踏まなかったが、しかし結果としては、確かに向かった先が最も助けを必要としているチームだった。彼らは、自分達が担当するヒョウ型に地下空間へと逃げ込まれてしまっていたのだ。  イエナオを捕えに来た男とツツジが戦った、例の地下空間である。  地下空間への出入り口がある旧理科学研究所の施設は、以前にツツジ達が利用したもの以外にも、いくつかある。それらのうちの一つをヒョウ型が見つけてしまったのだ。  ツツジがそちらのチームと合流した時には、地下空間への出入り口全てを封鎖すると同時に、危険古生物対策課第二班と警備部門の中から戦闘において優れたメンバーを選りすぐって地下に送り込むという対応が既に取られていた。しかし地下は電波が届かないため、送り込まれた者達がどうなったのかは分からない。一つだけ確かなのは、まだ誰も戻ってきていないということだけだった。  これは返り討ちにされてしまったかもしれないな、とツツジは思う。  仮にそうでなかったとしても、ヒョウ型を仕留めることはできていないだろう。  電波の届かない地下空間内では、単に地上と連絡が取れないだけでなく、ヒョウ型の現在位置をタグにより知ることもまたできない。ヒョウ型にしてみれば逃げやすさは格段に上がるし、不意討ちも仕掛けやすい。  いかに選りすぐったと言っても、最高でB級しか相手にしたことがない第二班や危険古生物と戦う訓練自体をしていない警備部門では、そのような悪条件の下でA級以上を倒すのは難しいだろう。 ――とまあこのように、ハルツキであれば明瞭に言語化できるかたちで推論を組み立てたことだろう。  ツツジの場合、そういった筋道立てた思考はしていないが、しかし持ち前の勘により似たような結論を出していた。  そしてツツジは、自らも地下へと降りることを迷わず決意した。  第一班に期待する役目は現場指揮だとカウフマン研究統括部長が言っていたことは、さすがのツツジも覚えている。しかしツツジは、自分がそうした役目に向いていないことをよく理解していた。  ツツジが能力を発揮できるのはあくまでも現場での戦闘であって、出入り口の封鎖をしつつ次の作戦を練るなどというのは性に合わないのである。  出入り口の周囲をかためている警備部門の人員から何人かを連れて行くこともできたが、そうはしなかった。  電波の届かない地下では、危険古生物との戦いで万が一ピンチに陥ったとしても増援を呼ぶことはできない。それでも、一人で探索することに対する不安は無かった。いざという時に阿吽の呼吸で連携できる第一班のメンバーならまだしも、素人について来られたところでむしろ足手まといになるだけだ、と判断したのである。    そのような判断を下すだけの自信をツツジは自らの戦闘能力について持っていたし、その自信はきちんと実力に裏打ちされてもいた。  その強さの基盤となっているのは、筋力よりもむしろ勘の良さである。銃を構えれば撃つ前からどこに当たるかをかなりの精度で予測できるし、接近戦でも相手の行動がなんとなく読める。  その反面、そうやって天性の戦闘センスに頼ってきたツツジには、他人に的確な指示を出す能力が著しく欠けていた。純粋な戦闘能力では第一班最強であるにも関わらず同期のハルツキに先に副班長になられてしまったのは、そのあたりが原因である。  しかし当人はべつだんそれを気にしてはいなかった。ツツジの夢はいつかこの島を出て広い世界を旅することであり、狭い島内での出世などにあまり関心は無かったのだ。  そもそも危険古生物対策課の仕事それ自体についても特にこだわりや使命感があるわけではなく、危険と引き換えに給料が良いただの業務として取り組んでいる。  とはいえ、おざなりにやっているというわけではなく、仕事中はあくまでも真剣だ。  だからこそ、まだ十分に距離のあるうちに、その気配を察知できた。  そう、十分に距離はあるはずだった。瞬時に振り向き、銃を構え、近づいてきた相手を撃つ――その余裕は、十分にあるはずだったのだ。  だが予想に反して、その気配はいっこうに近づいて来ようとはせず、そしてその代わりに何か小さいものが飛んできた。  ツツジは、実戦においては危険古生物対策課随一の実力者だ。だがそれは、あくまでも動物を相手にした場合の話である。  警備部門の者達が、人間の犯罪者相手の訓練は積んでいても動物相手では素人であるのと同様に、ツツジは動物相手ではプロでも、正規の対人戦闘訓練は受けてこなかった。故に、相手が道具を使ってきた時にどうすれば良いか、さしものツツジもとっさの判断が働かなかったのだ。  いや、たとえ相手が道具を使ったとしても、たとえば刃物の類であれば避けられたかもしれない。しかし、いくらツツジが優れた勘と運動神経の持ち主であったとしても、光を避けるのは無理だった。  薄暗いトンネルに、突如として眩い閃光が放たれ、目の前が真っ白になる。  そうなる直前に、投げつけられた物の形状をはっきりと見た。閃光手榴弾だ。危険古生物相手に使うことはあっても、自分が使われる側になるかもしれないなどとは、ツツジは考えつきもしなかった。  こちらの視界が効かなくなった隙に相手がいっきに距離を詰めてきたのが、音と空気の動きから分かった。とっさに横に飛ぶが、相手の姿を目で捉えられないディスアドバンテージは大きい。  光から目を守ろうと反射的に顔の前にかざしていた左の掌に鋭い痛みがはしる。相手の攻撃を避けきれなかったのだ。どくどくと流れる血が、手首をつたって腕へと流れていく。掌の傷くらいで人はそう簡単に死にはしないが、左手で武器は握れそうになかった。  目が見えず片手も満足に使えなくなった状態で、何者なのか他にどんな武器を持っているのかも分からない相手と一人で戦わなくてはならない。  この状況に、ツツジは初めて死を意識した。  死ぬ?  この私が、こんなところで? 「……冗談じゃない」  意識された死は、恐怖よりもむしろツツジの闘志を煽った。    こんなところで、死んでなどなるものか。  私にはまだ見たいものも、行きたいところも、すごくすごく、たくさんあるんだ!  わずかではあるが、視界が回復してきた。  ツツジはナイフを抜くと、ぼんやりとした相手の影に切りかかる。 「こんなところで死ぬもんか! 私はっ! 生きて帰って、それでいつか――いつか外の世界を見に行くんだ!」  ガキィン、と硬いものにぶつかる感触がして、ナイフが受け止められる。 「ほぅ?」  その時、相手が初めて声を発した。 「あなた、そんなにこの島の外に出たいですか?」  徐々に視力が戻ってくる。それとともに、ツツジの中に違和感が生じた。そしてついに相手の姿が鮮明なものとなった時――ツツジは驚愕に目を見開いた。
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