第三幕:特定危険古生物・コードネーム〝チャレンジャー〟

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 ツツジと同じ現場を担当していた警備部門の人間に連絡を入れたところ、ツツジは既に自分達の担当だったクマ型を倒し、最後に残ったヒョウ型を担当しているチームの方へ助っ人に行ったと教えてもらえた。  俺としては、そういうことをするならこちらにメッセージの一つくらい残しておいて欲しいところなのだが、ツツジにそういった気遣いを求めるのは無理というものだろう。  次に、ツツジが向かった先の現場へと連絡を入れたところ、ヒョウ型が地下空間に逃げ込み、ツツジもそれを追った旨説明を受けた。どうやら、電波の届かない地下に潜っているせいで連絡が取れないらしい。  無事かどうかはまだ分からないが、ひとまず連絡が取れない点について説明がついたことに少し安心する。  残るチャレンジャーはもうそのヒョウ型一頭だけなので、俺達もそちらに合流すべく車へと向かった。  ところが、隣を歩いていたパックが途中で一声吠えたかと思うと、あさっての方向へと駆け出して行ってしまう。対チャレンジャー戦で今のところまるで出番が無いため、退屈してしまったのだろうか。 「何やってるんだ、お前。今は遊んでる場合じゃないんだって。戻って来なさい」  声をかけるが、少し距離をおいたところで立ち止まってこちらを見るだけで、まるで戻って来る気配が無い。 「言うこと聞かない子は置いていくからな?」  それだけ言うと、パックを無視してそのまま車に乗り込もうとする。  もっとも、本気で置いていくつもりは無い。  相手が視界の悪い地下空間に潜り込んだとなれば、目よりも鼻と耳に頼るパックは重要な戦力だ。実際、ケツァルコアトルスの時だって、パックが真っ先に気づいたのだ。置いていくふりをしたのは、こちらがそういう態度を取れば戻って来るだろうと見込んでのブラフである。  その狙い通り、パックはこちらへと戻って来た。ところが車に乗ろうとはせず、逆に俺の服の袖をくわえて引っ張り、車から引き離そうとする。 「だから遊んでる場合じゃないって――」  言いかけて、俺は疑問を感じた。  本当に、パックはただふざけているだけか? どこかへ向かおうとし、俺がついて来ないのを見て取ると今度は引っ張ってでも連れて行こうとするこの行動。もしや、何かを見つけたのか?  そういえば、地下空間に逃げ込んだヒョウ型の行方は分かっていないという話だ。ならば、思わぬところから地上に出てきているという可能性も無いとは言えない。 「メガネウラ、半径十キロメートル以内にいるA+級をマップに表示」 『半径十キロメートル以内のA+級特定危険古生物を表示します』    アシスタントAI〝メガネウラ〟の返答と同時に情報端末に表示されたマップを見たが、付近で検知されたタグは既に仕留めたヒョウ型とセンザンコウ型のものだけのようだった。  さて、これはどういうことか。チャレンジャー以外の危険古生物でもいるのか? それとも、こちらで把握していない地下空間の出入り口が実はこの近くにあって、電波は届かないが臭いがそこから漏れ出しているとかだろうか。  あるいは全て俺の考えすぎで、パックは単にふざけているだけという可能性も無いとは言い切れない。さて、どうしたものか。 「どうしたハルツキ? さっさと行くぞ」    なかなか動こうとしない俺にしびれを切らしたのか、班長が車の窓から身を乗り出して声をかけてくる。 「……すみません、班長。ちょっと確認しておきたいことがあるんで、先に行っておいてもらえます?」  ツツジが心配じゃないというわけではない。  しかし向こうはツツジ一人でも俺よりよほど強いし、第二班や警備部門も十分な警戒態勢を敷いていて、更には班長も合流しようとしている。  その一方で、万が一このあたりにいきなりチャレンジャーが出現したりしたら、不意を突かれて大変なことになる。  それらの点を踏まえて、ここはパックを信じることにしたのだ。  パックが引っ張っていこうとする方向に俺が歩き出すと、パックはおとなしくくわえていた袖を放した。そのまま、俺を先導するように前を歩いて行く。時おり地面の臭いを嗅いでいるところをみると、やはり何かの痕跡を見つけた、というよりは嗅ぎつけたのだろう。  やがてパックは、狭い路地の中へと入っていった。左右を高い建物に挟まれていて、昼間にも関わらず薄暗い。人一人がぎりぎり通れるくらいの狭さだ。恐らく、付近の住民もほとんど使っていないのだろう。  こんなところでチャレンジャーに襲われたらひとたまりもないな。いや、しかし向こうも左右に動けないわけだから、こちらが先に見つけることができれば銃弾を当てやすくはあるか。  そんなことを考えながら進むと、途中で路地が折れ曲がっていた。パックはそのすぐ手前で立ち止まり、こちらを振り返る。  どうやら、ここが目的地のようだ。しかし、危険古生物がいるならもっと唸り声をあげたり警戒する様子を見せたりしそうなものである。もしかすると、目当てのものにたどり着いたわけではなく、途中で臭いが途絶えたりして行き詰まったのかもしれない。  念のために油断無く銃を構えながら、そっと曲がり角から顔を覗かせる。その瞬間、俺は息を呑んだ。結論から言えば、さきほどまでの推測はどれ一つとして当たってはいなかった。  無意識のうちに止めていた息を吐いて銃を下ろすと、その角を曲がったところへと歩を進める。 「死んで……る?」  そう呟いた途端、相手の(まぶた)が持ち上がった。 「生きてるよ、馬鹿野郎」  そう言った後で、自嘲的な笑みを口元に浮かべる。 「今はまだ、だけどな」 「すぐに救急車を呼びます」  そう言った俺を、壁を背にしてそこに座り込んでいた男――イエナオさんは、制止した。 「よせ。俺が何をしたかはもう知ってんだろ? 救急車なんて呼べるような御身分じゃねえよ」 「犯罪者でも治療は受けられますよ。そりゃまあ、これだけのことをしでかしたんですから、その後は牢屋行きでしょうけど、だからと言ってそのままにしておいたら死ぬかもしれませんよ。死ぬよりは牢屋に入る方がまだマシでしょう」  実際、イエナオさんは死ぬかもしれないどころかこのままだと確実に死ぬ、というよりはむしろ今生きているのが不思議なくらいに見えた。左の手首から先が無くなっているのは、襲撃現場にその無くなった部分が落ちていたのだから予想していたことだが、それ以外にもあちこちに傷を負っている。  危険古生物対策課で実戦経験を積んできただけのことはあって、片手が使えないにも関わらず自力で止血を済ませることはできたようだが、衣服への血の染み込み具合から考えると、それまでの間にかなり血を失っているはずだ。その推測を裏付けるように、顔色もひどく悪い。  しかしイエナオさんは、その青白い顔のまま、くくっと笑った。 「死ぬくらいなら檻の中に戻る方がマシ、か。お前らしい考え方だよな、ハルツキ。だが、俺はもうごめんだよ。もう、動物園の檻の中に戻るのはごめんだ。だから……だから、このまま逝かせてくれ。頼む」 「なに馬鹿なこと言ってるんですか……」 「そうだ、俺の最後の頼みを聞いてもらう代わりに、お前に良い物をやるよ。ま、良い物と言えるかどうかは考え方次第だろうけどな」  そう言うとイエナオさんは残った右手で自身の情報端末を頭から外し、それを俺に向けて差し出してきた。血を失い過ぎたためか、その手が震えている。頭ではこんな戯言など無視してさっさと救急車を呼ぶべきだと分かっていたが、俺は気圧されるようにしてその端末を受け取ってしまった。  そこで俺は、イエナオさんが端末を持っていることの不可解さに気がついた。    情報端末は位置情報を自動で送信する仕様になっている。マップ機能で現在地を表示するための機能だが、犯罪容疑がかかっている者の情報端末の場合、警備部門はその位置情報を閲覧する権限があるのだ。つまり、端末を身につけていたら一発で居所を探知されて捕まっているはずなのである。それなのに、イエナオさんはこうして逃げ延びている。  そんな俺の疑問を察したかのように、イエナオさんは説明を付け加えた。 「そいつぁ、元々俺が持ってた端末じゃねえ。第ゼロ班って呼ばれてる連中の専用端末が横流しされたもんだ。でもって、それを使えば、本当だったら俺らには知ることが許されてない情報も引き出せる。……全てを知って絶望するのと、何も知らないまま生きていくのと、どっちがマシかは分からねえがな。だがまあ、お前なら案外、真実を知っても絶望せず生きていけるかもしれねえが」  俺は手渡された端末をしげしげと眺めた。外観は、俺が持っている普通の端末と何も変わらないように見える。 「俺ぁ……仲間には……言えなかった」    イエナオさんが言っている仲間というのは俺達第一班のメンバーではなく、猛虎班の構成員達のことを指しているのだろうと察しはついた。そのことに、複雑な感情を覚える。 「みんな……外国から来て好き勝手やってる本国人どもから俺らの故郷を取り戻すんだって、島は俺ら島民のものだって、頑張って……そんなあいつらに、こんな――」    イエナオさんは咳き込む。口から溢れた血が、地面を汚した。 「なあ……ハルツキ。俺はさ、今までさんざん、古生物を殺してきたよな」 「イエナオさん、今はもう喋らない方が」    イエナオさんは、俺の制止を無視して言葉を続ける。 「仕事を言い訳にしてきたけどよ……本当は、NInGenの〝本国人〟どもが作ったものが、俺らの故郷を、我が物顔で歩いてるのが気に入らねえって……そう思ってただけなんだ……」  危険古生物対策課にも、仕事で古生物の命を奪うことについて気に病む者は少なからずいる。しかし俺の知る限り、イエナオさんがそんな気配を見せたことなど、これまで一度として無かった。それなのに急にこんなことを言い出すのがたまらなく不吉に思え、俺は無性にイエナオさんの話を止めたくなった。 「そういう話は、後でゆっくり聞きますから。こんな時に、なんでそんな……」  イエナオさんは、ビルの隙間から覗く狭い青空を見上げた。そして、ふっと小さく息を吐くと、その吐息に紛れさせるように呟いた。 「いや、ただ……あいつらにゃ、悪いことしたなって。俺も――」  言葉は、そこで途切れた。壁にもたれかかっていた体がずるずるとずり落ち、仰向けになって地に横たわる。 「イエナオさん……?」  きっともう、彼が答えることは無いだろう。直感的に、俺はそれを悟った。それでも僅かな希望を捨てきれず、呼びかけながら頸動脈に手を当てる。  もしここでまだ息があったなら、やはり彼の意志を無視してでも病院へ運ぶべきだろうか。一瞬そんなことを考えたが、しかしそれについて迷う必要は、どうやら無いようだった。  この人は俺達NInGen社に敵対する組織のスパイで、つまり俺達はこの人に騙されていたことになる。今俺達が振り回されているこの事態だって、元はと言えばこの人が引き金を引いたものだ。チャレンジャーの脱走で出た被害について言えば、そもそもはあんなものを作り出した上層部が悪いのだが、結果的にとはいえ、それを解き放ってしまったこの人にだって責任の一端はある。  まったく、実に迷惑な人だった。もし助かっていたなら、お見舞いという名目で病室に押しかけて文句の一つでも言ってやりたいところだった。  だが、死んでしまったとなっては、もうかける言葉も無い。  ……いや、それは違うな。  それがどんなものであれ、そしてその結果がどうあれ、この人はこの人なりの信念を貫いて生き、そして死んだのだ。ならばかつての仲間として、このくらいの言葉はかけておくべきだ。 「イエナオさん……今まで、お疲れ様でした」  俺は空を向いたまま見開かれていた彼の瞼に手を当て、それをそっと下ろしながら、小さくそう呟いた。
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