第三幕:特定危険古生物・コードネーム〝チャレンジャー〟

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 警備部門は大半がチャレンジャー対策に追われているとはいえ、今でもイエナオさんの捜索を続けてはいるはずである。そのイエナオさんをこうして見つけた以上は、とにもかくにも連絡を入れないわけにはいかない。  そこで俺は、手の中にある物に目を止めた。  この不正端末は、いったいどうするべきか。  善良なる市民にして誠実なるNInGen社員であれば、素直にこれを証拠品として提出すべきだろう。だが、本当にそれが正しい選択なのか? 『本当だったら俺らには知ることが許されてない情報も引き出せる』  イエナオさんは、そんな言葉を口にしていた。  そして確か、こうも言っていたはずだ。 『全てを知って絶望するのと、何も知らないまま生きていくのと、どっちがマシか』  チャレンジャーを作り出したこと以外にも、上層部が俺達に秘密で行っていたことがまだ何かあるということか。そして、それは俺達を絶望させるようなものということになる。もしや、イエナオさんが以前に語っていた、古代の病原体の話か? サイトBで作られていたのはチャレンジャーだけではなかったのだろうか。 「メガネウラ、サイトBで作られた危険古生物についての情報を開示」 『一種該当しました。A+級特定危険古生物。コードネーム〝チャレンジャー〟。本種は姿や能力が大きく異なる複数のタイプを生み出す特性を持ち――』  そのまま最後まで聞いてみたが、カウフマン研究統括部長から聞いた説明となんら変わるところは無かった。もっとも、今のは俺自身の情報端末が返してきた答えだ。特に驚くような内容が含まれていないのは、予想通りと言えば予想通りである。  俺は自分の情報端末をいったん顔から外し、イエナオさんから受け取った方を装着した。そして再度、先ほどと同じ質問を投げかける。 「メガネウラ、サイトBで作られた危険古生物についての情報を開示」 『一種該当しました。A+級特定危険古生物ホモ・フトゥロス。コードネーム〝チャレンジャー〟。本種は姿や能力が大きく異なる複数のタイプを――バッテリー残量が不足しています。充電してください』  その言葉を最後に、イエナオさんから渡された端末は沈黙した。  なんてこった。よりによって、このタイミングでバッテリー切れか。しかしまあ、サイトBで作られたのが結局、チャレンジャーただ一種のみだということは分かった。俺自身の端末で引き出した情報と特に何の違いも――。  いや、待て。コードネームの前に、学名っぽいのを言ってなかったか? 確かカウフマン研究統括部長は、実在した古生物ではないチャレンジャーに学名はつけられていないと言っていたはずだが。  サイトBで作られた危険古生物に該当するのが一種だけだと言われた時点で少し気が抜けてしまったので、どんな学名だったかあまり注意して聞いていなかったのだが、なんと言っていたか。  先ほど聞いた返答を、頭の中で再生する。  フトゥロス。そう、確か……ホモ・フトゥロスだ。 「え」    自分の記憶から引っ張り出したその名に、一瞬思考が停止する。    属名が、ホモ……? 「嘘だろ……」  無意識のうちに、そんな言葉が口から出ていた。  さほど暑くもないのに、むしろ寒気がするくらいなのに、汗が顔を伝ってぽたり、ぽたりと地面に落ちる。  生物の学名は前半が属名、後半が種小名だ。例えばティラノサウルス・レックスであれば、ティラノサウルスが属名でレックスが種小名となる。同様に、現生人類は属名がホモ、種小名がサピエンスで学名はホモ・サピエンス、絶滅したネアンデルタール人ならば属名はホモ、種小名はネアンデルターレンシスでホモ・ネアンデルターレンシスだ。  そう、〝ホモ〟の属名は、ヒトに与えられるものなのだ。  そしてチャレンジャーの学名は、ホモ・フトゥロス。  つまり今まで俺達が戦い、殺してきたあれらは――ヒトの一種だ。
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