第三幕:特定危険古生物・コードネーム〝チャレンジャー〟

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「えっ、えええええ!? 人間を改変して作ったって、ちょっ、班長、それ本当なんですか!?」  ツツジは狼狽えた様子で班長の方へと顔を向ける。よほど驚いたのか、普段のツツジからは想像できないほどリアクションが激しかった。  班長は唇を噛んだまま、何も答えない。そんな班長の前に、俺は進み出た。そして、真正面からその顔を見る。班長は一瞬こちらを見上げたが、すぐに目を伏せてしまった。 「班長、イエナオさんは、NInGen社がこの新六甲島に俺達島民を隔離しているのは俺達がヒトウドンコ病の病原体保有者だからではなく、人体実験の材料にするためなのではないかと疑っていました。俺はね、その話を聞かされた時には、そんな馬鹿なことあるはずないって思ったんですよ。でも、本当はイエナオさんの方が正しかったんですか? 俺達は、ホモ・フトゥロスを作るための材料として、ここに集められたんですか?」 「それは違う!」  顔を上げて叫んだ後で、班長は、しまったというようにその顔を強張らせた。 「じゃあ、やっぱり班長は知っていたんですね。何も知らないのなら、違うと言えるはずもないでしょう」  班長は数秒の間、目を泳がせていた。しかし、もはや言い逃れはできないと悟ったのだろう、ややあって肩を落とすと、観念したように呟いた。 「……ああ、知っていたよ。どこで聞いたのかは知らないが、お前達の言う通り、〝チャレンジャー〟と呼ばれているあれはヒトの一種、ホモ・フトゥロスだ。だが、この島で隔離されているお前達……いわゆる島民を攫(さら)ってあれに作り変えたわけじゃない。ゲノムを改変するのは受精卵の段階だ。つまりあいつらは、既に人間として生まれているものがああいう姿に作り変えられたわけじゃなく、生まれた時にはもうああいう生物だったということだ」 「そこは信じますよ。既に生まれている人間は三十七兆も細胞が有ってその一つ一つにゲノムが入っているわけで、その全てを改変するというのは倫理的問題を一切考えないとしても合理性の面で無理がありますからね。細胞が一つだけしかない受精卵の段階でやる方がよほど現実的です。でもそれだって、本来であれば普通の人間となったはずの受精卵でしょう」  そう班長を問い詰めながらも、俺の心には疑問が生まれていた。    では、もしあれが人間以外の生物の受精卵を改変して作られたものだったとしたら、その場合は何の問題も無いということになるのだろうか?   手間と時間をかけてゲノムの多くの部分を編集すれば、例えばチンパンジーの受精卵をホモ属の生物のものへと改変することもできるだろう。理屈の上では、人間とチンパンジー、それぞれの受精卵から、全く同じゲノムを持つ全く同じ生物を作りだすこともできるはずだ。  その場合、改変される前の受精卵が人間のものかチンパンジーのものかで、その生物の扱いを変えるべきなのか?  しかしこの問いは、すぐに答えが出せるような種類のものではない。だから俺はひとまずこれについては棚上げし、他の疑問点に目を向けることにした。 「それから、もう一つ納得のいかないことがあります。受精卵の提供元として使うだけなら、島に集める島民の数はここまで多くなくても良かったはずです。一組の男女からでも、精子と卵子は多数採取できるわけですからね。いったいなぜ、これほどの人数が必要だったんです? 作り出すホモ・フトゥロスの遺伝的多様性を確保するためとかですか?」  班長はゆっくりと首を左右に振った。 「お前は、根本的なところで勘違いをしているよ……。」  俺とツツジは顔を見合わせた。 「あれは、島民ではなく本国人の受精卵を改変して作ったものだと、そう言っているんですか?」 「ああ。この期に及んで、こんなことで嘘は言わないさ」  不可解な話だった。  仮にNInGen社が島民をここに集めた元々の目的が建前通り病原体保有者の隔離であり、最初は実験材料にするつもりなどさらさら無かったとしよう。その場合であっても、実験材料として受精卵を集めようとした時に、あえて島内人口が少ない本国人のものに限定する必要など無いはずだ。  それに、この研究を指揮した上層部は本国人で占められている。彼らからしてみれば、あんな生物に改変するとなれば、自分達の同胞よりは島民の受精卵を使った方が心理的抵抗も少なく済んだに違いない。  それなのに、なぜあえて本国人のものを?  不可解ではあったものの、班長が嘘をついているとも思えなかった。  それに、そう言われて気がついたこともあった。  ホモ・フトゥロスは、体毛が固まって鱗状になっているセンザンコウ型も含め、全てが金色の体毛を持っている。そして、ヒョウ型の掌のように毛が生えていない部分の肌は白っぽい色だ。  今にして思えば、あれは本国人の毛髪と肌の色にそれぞれ酷似している。 「いったい何のためにそんなことをしたんです?」 「それは、ほらー、あれじゃない? 生物兵器として使うためー、みたいな。よくあるオチじゃん?」  ツツジが口を挟む。 「それは俺も考えた」  以前にイエナオさんは、サイトBでは生物兵器として使うために古代の病原体を復活させているという説を唱えていた。病原体の方は事実と違っていたが、そこで作られていたのが生物兵器だという点についてはまだ合っている可能性もある。  可能性はある、のだが……。 「だけど、どうにもしっくりこない」 「なんでさー?」 「ホモ・フトゥロスが生物兵器にはいまいち向いていないからだよ」    ツツジはわけが分からないというように肩をすくめて見せる。 「いやいやー、何言ってんの、ハルツキ君? 今まさに私ら、たった五頭相手にこれだけの人数で苦戦してるじゃん? 戦争とかであいつらを何十頭もばらまかれたら、かなり嫌だと思うけどー?」 「兵器っていうのは使われる側にとって対処しにくいだけじゃなく、使う側にとって作りやすく使いやすいことも重要なんだよ。ホモ・フトゥロスは人間をベースにしているせいで、妊娠期間が約十ヶ月と長く、一度に産む子供の数も一~三頭程度だ。これでは兵器としての大量生産は難しい。もっと妊娠期間が短い動物や多産な動物はいくらでもいる。わざわざ人間をベースにするのなら、それ相応の理由があって然るべきなんだ。動物ではなく改変された〝人間〟を必要とする理由が」 「理由って、例えばどんな?」 「普通に考えれば、人間用に設計された銃や戦闘機などを使わせる必要があるとかだな。だけどホモ・フトゥロスはでかい鉤爪があったり手自体のサイズが人間とかなり違っていたりするから、剣くらいなら使えても銃の引き金を引くのは難しい。たとえ人間に近いレベルの知能があったとしても、人間の道具を使って人間の戦い方をするには向いてないんだ。戦争での使い道という観点で見るなら、あれは人間+αの存在じゃなくて、あくまでも動物ってことになる。それにもう一つ。同じ種類の兵器はできるだけ均質だった方が良い。特性がばらばらだと作戦が立てづらいからな。つまり、動物を兵器として使うなら、個体差は小さい方が良いってことになる。だけどホモ・フトゥロスはその真逆だ。同じホモ・フトゥロスでも、個体によって形態や能力が全く違う」 「素早いやつとか防御力が高いやつとか、それぞれ違う能力を持ったやつを組み合わせて使いたかったんじゃないの? 実際、あいつらはそうやって狩りをするって話じゃん?」 「それなら、ヒョウ型、クマ型、センザンコウ型をそれぞれを別個の生物種として作り出した方が良い。人間をベースにするんじゃなくて、それこそヒョウとクマとセンザンコウをそれぞれ改変して三タイプを別々に作る方が、わざわざどのタイプともかけ離れた人間をベースにするよりよっぽど作りやすいはずだ。それに別個の生物として繁殖させる方が、今どのタイプが必要かという人間側の事情に合わせて数の調整もしやすい。あと、繁殖と言えば、単為生殖や性転換ができるという性質も厄介だ。普通の哺乳類なら、雄雌を分けておけば勝手な繁殖を防げるけど、単為生殖するとなるとそうもいかないから数の管理がしづらい。全体的に見て、使う側にも扱いづらい生物になってる」  生物兵器として見るなら、ホモ・フトゥロスはいつ暴発するか分からない銃のようなものだった。もっと使い勝手の良いものがいくらでも作れただろうに、わざわざこんな生物を兵器として生み出すのはどうにも不自然だ。 「まー実際、取り扱いに失敗しちゃってこんなことになってるわけだしねー。……でも兵器じゃないなら、何のためにあんなのを作ったっていうのさ?」 「正直言って、まったく検討がつかない」  食用、騎乗用、愛玩用、娯楽用……どの用途であっても、あんな管理しづらい特性を持つ生物にする必要性があるとは思えない。いったいどんな目的であれば、ホモ・フトゥロスにあの特性を持たせることに合理性が出てくる?   ホモ・フトゥロスの特性は、姿形や能力が全く異なる複数のタイプを生み出せること。それらが互いの強みを活かして連携できるというのが利点だが、人間が使うのであれば、なにも一種類の動物で複数のタイプを生み出せなくとも、複数種の動物を使えば良いだけの話だ。  ……人間が使うのであれば?  何か引っかかるものがあった。  人間が使うために作ったわけではない――そんな可能性も有り得るのか? そう考えてみるとホモ・フトゥロスは、単為生殖能力も含め、人間の非管理下で彼ら自身をなんとしてでも絶滅させず生き延びさせるために設計されているようにも思える。  いや、そんな馬鹿な。  俺は自分の発想に内心で失笑する。  人間が使うわけでもないものを、何のためにわざわざ人間が作るというのだ。どうもこれ以上俺がいくら頭を捻ってもまともな答えは出てこないようだ。やはりここは、その答えを知っている人に喋ってもらうしかないだろう。 「さっきからずっと黙ってますが、班長、結局あれは何のために作られたんです?」 「あれは……ホモ・フトゥロスは――」  その時、班長の言葉をかき消すように、あたり一帯にサイレンが響きわたった。  サイレンの音というのは、往々にして不安をかき立てるものだ。しかもこれは、初めて聞くものだった。警備部門や救急、消防などが鳴らすものとは音が違う。  なんだろう。なぜだか分からないが、ものすごく不吉な予感がする。  冷や汗が背中を伝うのが分かった。 「なに、この音……?」  ツツジもこの音には聞き覚えが無いらしく、眉をひそめている。 「そんな……」  班長が、がくりと膝をついた。その顔面は、蒼白になっている。ホモ・フトゥロスの名を出した時以上だ。それだけで、これまで以上にまずい何かが起こっていることは分かった。 「班長、何なんです、このサイレン? 何が起こってるっていうんです? 知ってるんだったら教えて下さい!」  俺は呆然としている班長の肩を揺さぶったが、班長は俺の声などまるで聞こえていない風だった。 「そんな……まさか、そんな……。ここまでやってきたのに、こんな……こんなところで、なにもかも全部終わるのか……?」  なにもかもが、終わる?
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