第四幕:Welcome to Paleontologic World!

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 ここで、少し時間を遡る。  サイレンの不穏な音色が地下にある普賢のコントロールルームに響き渡ったのは、まさにミキが普賢の新たな主として名乗りをあげた直後だった。  音だけではない。林立する普賢の筐体、そこに記された『普賢』の文字が放つ光も、いつの間にか緑から赤へと変化している。数知れず立ち並ぶ筐体がいっせいに真っ赤な光を放つ様に、さしものミキも不気味なものを感じずにはいられなかった。 「なっ、何これ? どうなってるの? この音はいったい何なの?」  戸惑うミキの言葉を自分への質問と解釈したのか、虚ろな目のままのユーレイが応える。 「この音は、ジーランディアシステムの発動を知らせるための警報だ」 「ジーランディアシステム? 何なの、それ」  養父のアルベルトが自宅に隠し持っていた様々な資料を盗み見ることで新六甲島の裏事情の多くを知るに至っていたミキだったが、そんなものの存在は初耳だった。 「ジーランディアシステムは、新六甲島において現生人類に対する脅威が発生したと判定された場合に、現生人類を守るべく発動される最終防衛システムだ」 「なんでそんなものが、今発動してるの?」 「この島において、現生人類に対する脅威が発生したと判定されたのだろう」  その要領を得ない回答に、ミキは苛立ちを覚えた。だが同時に、ユーレイの回答が要領を得ないのは仕方のないことだと頭では理解してもいた。  毒で意識が朦朧としている今のユーレイは、ミキに理解できるよう考えて喋っているわけではなく、反射的に答えを返しているだけだ。そして、ユーレイをそのような状態にしたのは、他ならぬミキ達なのだ。  だからミキは、いったん深呼吸して気を落ち着けると、改めて問い直した。 「それじゃあ聞くけど、何があったら現生人類にとっての脅威が発生したと判定されるわけ?」 「判定されるための条件は二つある。一つは、特定危険古生物の制御が不可能になったと判断され、プランA、B双方の破棄が決まった場合。もう一つは、普賢の本体あるいは管理権限が奪われそうになった場合」  ミキの顔から、血の気が引く。  このサイレンは、ミキが普賢の管理権限を掌握しようとした途端に鳴り出した。ならばユーレイが語る二つの発動条件のうち、後者の方が原因である可能性が高い。 「なんで!? 私はちゃんと、元々の管理者だったあんたから権限を引き継いだのに!」 「輪読会が想定しない人間が管理権限を取得しないよう、管理権限が移譲できる先は事前に輪読会の承認を得た人間に限定されている。そうでない人間に管理権限が移譲されそうになった場合、不正な管理権限取得が試みられたと自動的に判定される」 「そんなこと、あんた言わな――」    言わなかったじゃないかと責めようとしたところで、ミキは気づく。  ユーレイは、。ただ、だ。そして、そう命じたのは他ならぬミキ自身なのだ。  どうしよう、失敗してしまった。普賢を、〝アフリカのモノリス〟を奪えなかった。みんな、私の成功に賭けて危険を冒してくれたのに!  ミキの脳内を、後悔と焦燥が駆け巡る。    どうしよう。このままではきっと、仲間達はみんな殺されてしまう。  どうしよう、どうしようどうしよう。 「ダイ、ジョウブ、ダヨ」    甲高い声が、混乱で前が見えなくなっていたミキを我に返らせた。    声の方を、振り返る。  カエル型が、じっとこちらを見ていた。 「キット、ダイジョウブ」    カエル型は、そう繰り返した。  カエル型は人間の言葉を発声すること自体はできるが、脳が小さいため意味を理解した上で言語を操ることまではできない。九官鳥のように、教えられた言葉をそのまま言うだけだ。  だから今も、状況を理解した上で喋っているわけではないのだろう。恐らくは仲間の誰かが、ミキの様子がおかしくなった時はそう言葉をかけるよう事前に教え込んでおいたのだ。  そのことに思い至り、ミキの胸中に温かいものが広がった。 「そうだよね。きっと、まだ大丈夫だよね」    ミキは手を伸ばして、ユーレイの肩に乗ったカエル型の頭を撫でる。カエル型は、嬉しそうにキー、と鳴いた。  そうだ、まだ終わりじゃない。十年以上かけた私達の計画を、こんなところで終わらせたりなんてしない。私達は今日、絶対に未来を掴むんだ!  まずは今の状況を整理して、次の一手を考えなくては駄目だ。  気になるのは、先ほどユーレイが口にしたジーランディアシステムなる最終防衛システムの存在だった。普賢の管理権限が奪われそうになった時に発動するよう設定されたシステムであるのなら、権限を奪おうとした者を攻撃するような類のものであるはずだ。だとすれば、このままここに留まるのは危険かもしれない。 「ユーレイ、ジーランディアシステムが発動すると、具体的に何が起こるの? 簡潔に言って」 「簡潔に言うと……」  予想を超えた返答に、ミキは再び頭が真っ白になった。  今度はすぐに我に返ることができたものの、ユーレイの言葉から受けた衝撃はしっかりと尾を引いている。 「全部? え……全部って……どこ? どこが沈没するの?」  思わず、馬鹿みたいな問いを発してしまった。 「沈没するのは旧港島区と旧六甲島区双方を合わせた新六甲島の全域、ならびに付属する旧空港島だ」    あり得ない。  最初はそう思ったが、よく考えてみるとあり得ないことではないのだ。なにしろ、この新六甲島は人工島である。いざとなったら崩壊させられるよう、基盤部分に仕掛けを施しておくことは可能だろう。  ミキは慌てて仲間に連絡をとろうと試みたが、情報端末からは「ネットワークにアクセスできません」という無機質な音声が返ってくるのみだった。    そういえば、この普賢コントロールルームがあるのは地下だ。しかも、以前に翼竜と出くわした場所とは比べものにならないほど深い深度にある。電波が届かないのも、当然だった。恐らく、外部から干渉できる可能性をできるだけ減らすという意図もあって、あえてこのような場所に普賢を設置しているのだろう。  普賢自体は、本体たる〝アフリカのモノリス〟が持つ現生人類には複製不可能な機能をもって、外部から情報を収集し続けているのだろうが。  どうやら、仲間と連絡をとるには、いったん地上に戻る他ないようだった。  それから、これはうまくいくかは分からないが、もう一つ打っておくべき手がある。 「すぐ戻るから、ここで待ってて」  ミキはカエル型にそう言い残すと、コントロールルームを飛び出していった。
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