第四幕:Welcome to Paleontologic World!

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 パックは地面の臭いを嗅ぎながら、確かな足取りで進んで行く。この様子なら、心配はいらなさそうだ。    俺はパックのすぐ後ろについて歩きながら、唐突に鳴り出したサイレンのせいで先ほど班長に聞きそびれた件について考えを巡らせていた。  すなわち、A+級特定危険古生物〝チャレンジャー〟ことホモ・フトゥロスはいったい何のために作られたのかという話だ。    当初、カウフマン研究統括部長はチャレンジャーについて、『進化の結果として生まれる可能性もあったが、実際には生まれなかった仮想古生物』だと説明した。恐らく、その説明自体は事実だ。あんな生物が、過去に実在したとは思えない。  より厳密に言えば仮想古生物というより仮想古代なのだが、ヒトだって生物なので『仮想古生物』と言っても嘘をついたことにはならない。  問題は、仮想古代人であれ仮想古生物であれ、その可能性は無限にあるということだ。なにしろ実際に起こった進化のルートは有限だが、起こったかもしれないが実際には起こらなかった進化のルートなら無限にあるのだから。  その無限にある可能性の中から、なぜわざわざあんなものを選んで生み出したのか。  そういえば、カウフマン研究統括部長はこんなことも言っていた。 『実在した古生物ではないにも関わらずあれが作られた理由は、生存競争におけるその並外れた強さにあるからだ』  あの時は初めて聞く情報が多すぎて聞き流してしまっていたが、『あれが作られた理由は』と言っておきながら、よく考えるとこれは理由になっていないように思える。  いったいなぜ、並外れた強さを持つ生物なんていうものを作り出す必要があるのだ。  これが、戦闘において並外れた強さを持つ生物ならまだ分かる。生物兵器としての使い道があるからだ。  しかしツツジにも言ったように、ホモ・フトゥロスは生物兵器として使うには不向きな特徴が多すぎる。特に単為生殖などという通常の哺乳類には無い能力は、生存競争においては確かに有益かもしれないが戦闘には何の役にも立たない。  そういえば……。    そこで俺は、あることに思い至った。    生物の学名というのは、適当なカタカナの羅列ではない。その生物の特徴等に因んだ、なんらかの意味が込められたラテン語なのだ。例えば現生人類の学名であるホモ・サピエンスは『賢いヒト』という意味だし、ネアンデルタール人の学名であるホモ・ネアンデルターレンシスは化石の発見地に因んだ『ネアンデル(タール)のヒト』という意味である。  ならばホモ・フトゥロスは?   属名のホモの方は、ホモ・サピエンス等の場合と同じでヒトを意味しているのだと分かる。しかし種小名のフトゥロスの方はいったいどういった意味を込めてつけられたのか。そこから、ホモ・フトゥロスが作られた目的が分かるかもしれない。  しかし考えてみると、俺が覚えているラテン語といったらせいぜい、知っている生物の学名に使われている単語くらいのものだった。それ以外となるとさっぱりだ。 「こんなことなら、ラテン語をもっとちゃんと勉強しておくんだったな……」  聞く者は誰もいないというのに、思わずぼやいてしまう。  もしフトゥロスという種小名を持つ生物種が他にいたなら、その意味を覚えていたかもしれない。ヴェロキラプトル・モンゴリエンシスとプシッタコサウルス・モンゴリエンシスのように、同じ種小名がつけられている生物もいるのだ。  しかし残念ながら、実際にはフトゥロスなどという種小名を持つ生物にはまるで心当たりが無い。学名から作られた目的を推測するという案を思いついた時は良い線いってると思ったのだが、ここで手詰まりか。  ……いや、そうとも限らないぞ。  いったんは諦めかけた俺だったが、すぐにある可能性に思い至った。  ラテン語の中には英語の語源となっているものもあり、そうした場合は対応する英語からラテン語の意味を類推することもできる。例えば頑丈型猿人と呼ばれるパラントロプス・ロブストスの種小名であるロブストスはアルファベットで書くとrobustusであり、これは『頑丈な』を意味する英語のrobustに対応している。  同様に北京原人やジャワ原人の学名、ホモ・エレクトスの種小名をアルファベットで書くとerectus。そして英語のerectの意味は『直立した』だ。それらの情報から推測できる通り、ホモ・エレクトスの名の意味は『直立したヒト』である。  ならばフトゥロスの意味も、英語から類推できる可能性がある。  フトゥロス……アルファベットで書くとスペルはfutulusか? いや、なんとなくだが、あれはLではなくRの発音な気がする。ということは、futur――。  頭をがつんと殴られたような衝撃を受けた。『robustus』に対応するのは『robust』、『erectus』に対応するのは『erect』。  では、『futurus』に対応する英語は?  その答えは、あまりにも明白だ。 『future』  つまり、ホモ(Homo)フトゥロス(futurus)の名が意味するところは――――『未来のヒト』
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