第四幕:Welcome to Paleontologic World!

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「ちょっ、ちょっと待て!」  俺は慌ててストップをかけた。  今、なんと言った?  ホモ・フトゥロスが二十五頭? 飼育区画外に?   いや、そんな馬鹿な。脱走したのはもともと五頭だけだし、うち四頭は仕留められて残っているのはあと一頭のはず。しかもその一頭がいるのも、電波が届かないせいで位置特定ができない地下空間だ。  これは俺の滑舌が悪くて端末の音声認識がうまくいかず、飼育区画と誤認識されてしまっただけに違いない。 「メガネウラ、飼育区画外にいる特定危険古生物は?」  もう一度、今度は特定危険古生物に絞り、かつ明瞭に発音するよう心掛けて尋ねた。 『登録済み飼育区画外で確認された特定危険古生物は、A+級特定危険古生物ホモ・フトゥロス二十五頭です』  返ってきた答えは、先ほどと同じだった。 「嘘だろ、おい……」  たった五頭で、あれだけ苦戦させられたのだ。それが、二十五頭? いったいいつ、そんな数が脱走したんだ? リノティタンが古生物パークから脱走していたのと何か関係があるのか? そもそも、そんな事態になっているのに、なぜ上から何も連絡がこない?    分からないことが多すぎる。しかしまずは、自分の身の安全を考えなくてはならない。B級にすら対処できないと考えていた今の装備で、A+級に襲撃されでもしたらひとたまりもない。 「メガネウラ、特定危険古生物の位置情報をマップに表示」 『特定危険古生物の位置情報を、マップ上に表示します』  通信に負荷がかかっているのか、少しの間、読み込み中の画面が表示された。俺は息を呑んで、情報が更新されるのを待つ。  こういう時は、最悪の場合を想定しておく必要がある。つまり、A+級タグの表示が、俺が今いるこの場所のすぐ近くに出る場合だ。  やがて、マップのあちこちにタグが表示された。 「えっ……」  一瞬、頭が真っ白になった。 「なんだ、これ……?」  そこには、数え切れないほどのタグが表示されていた。二十五なんてものじゃない。  いや、『A+』と記されたタグについて言うならば、確かにそのくらいの数だった。幸いにしてというべきか、『A+』のタグが表示されているのは旧空港島近辺のみだ。サイトBから脱走してから、まだあまり時間が経っていないのかもしれない。  しかし、もはやそんなことは問題ではなかった。  もう一種類のタグ。  島の中心部を埋め尽くさんばかりの、群れ。そこに記された文字は――『S』  俺はメガネウラに対し、特定危険古生物の位置情報を教えてくれと頼んだ。ならば、このタグが示すものは一つだ。  すなわち、〝S級特定危険古生物〟。  ……。  …………。  …………いやいや。  Sってなんだよ。あのホモ・フトゥロスだってA+だぞ? それが、S? 普通に考えれば、A+より更に危険ってことだよな。なんだそれ。なんでそんなもの作った。どうかしてる。  マップに示された情報はどこまでも絶望的だった。  ここからそれほど遠くないところに、S級の大群がいる。だが、それだけではなかった。俺が今立っているまさにこのあたりにも、一頭いるのだ。  嫌な汗が滲み出る。  こいつ、いつから俺の傍にいた? もしかして、ずっとつけ狙われていたのか?  周囲を見回す。俺とパックの他には、動くものの気配は見当たらない。一見したところでは、なにもいないように思える。  だが、本当にそうか?  タグの位置情報表示はあくまでも二次元。上下方向の位置は分からない。  ならば……。  頭上を見上げる。そこには、張り出した木々の梢があった。あの中に、なにかが潜んでいるのかもしれない。   あるいは、その更に上、上空にいる可能性だってある。相手が飛行生物ではないという保証は、どこにも無いのだから。  逆に、地中に身を潜めていないとも言い切れない。浅い位置であれば、地中であってもタグ探知には引っ掛かるだろう。  高度な擬態能力で周囲の景色に溶け込んでいる可能性だってある。  だが、それらのいずれよりも最悪な場合すら、俺には想像できた。  すなわち、に潜んでいる可能性、だ。  イエナオさんは言っていた。サイトBで作られている特定危険古生物とは、古代の病原体や寄生生物だと。そして、俺達島民は、その人体実験のためにこの島に閉じ込められているのだと。  あの情報が、完全なデマではなかったとすれば?  怖い。  これまで様々な危険古生物を相手にしてきたが、こんな恐怖を感じたことは一度としてなかった。今までは、相手の正体が不明という場合であっても、少なくともNInGen社が復活させたと公表している古生物のどれかということは分かっていた。  だが今日、俺はA+級のホモ・フトゥロスなどというものが俺の知らないうちに作られていたことを知った。そして今この瞬間もすぐ傍で俺を見ているかもしれないS級もまた、俺のまったく知らない未知の生物だ。それも、あのホモ・フトゥロスをも上回る危険性を持つ相手なのだ。  だが、いつまでもただ怯えているわけにはいかない。  相手が前々から俺の体内に仕込まれていた病原体や寄生生物の類なのだとしたら、今になって急に何かが起こる可能性は低いだろう。  しかしS級特定危険古生物とやらが動物であった場合、襲撃に備えて対処法を考える必要がある。そして、そのためには情報が必要だ。情報があれば、相手の特性に合わせた対処もとりやすい。少なくとも、相手が上空、樹上、地上、地中のどこから襲ってくるのかすら分からない状態では、どこに注意を向ければ良いのかも分からない。  カウフマン研究統括部長は、特定危険古生物について説明した際、A+級であるチャレンジャー、すなわちホモ・フトゥロスのことしか話さなかった。つまり、S級の方については隠し続けるつもりだったのだ。それにも関わらずS級の位置情報を俺が見ることができているのは、これが第ゼロ班と同じ閲覧権限を不正に取得してある端末だからだろう。  ならばこの端末を使えば、S級についての情報も得られるはずだ。  俺はそう期待して、周囲へ油断無く目を配りつつ、端末に問いを投げかけた。 「メガネウラ、S級特定危険古生物に関する詳細情報を開示」 『一種該当しました。S級特定危険古生物、ホモ・サピエンス。本種は新生代第四紀、約二十万年前のアフリカに生息していた化石人類です。絶滅したヒト科生物の中では最も――』
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