第四幕:Welcome to Paleontologic World!

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 パックに班長の臭いをたどらせて発見した地下施設――その最深部にある部屋に俺がたどり着いた時、そこにいたのは班長一人ではなかった。  もう一人の人物は、床に座り込んで壁に背をもたれかけさせている。その顔に、俺は見覚えがあった。  マリオン・ユーレイ社長だ。頭でも痛いのか、左手で額のあたりを押さえている。  班長はそんなユーレイ社長の介抱をしているようだったが、俺達が入ってきた気配に気づくと、ぎょっとした顔で振り向いた。 「はっ、ハルツキ!? なんでここにいる!?」 「ちょっと聞きたいことが色々と増えましてね」    二人の傍まで歩を進めようとしたところで、俺は足もとに妙なものが落ちていることに気がついた。  小動物の死骸だが、これまでに見たことがない奇妙な姿をしている。大きさはイタチくらいで、頭が大きく尾の無い猿を平べったくしたような体型だ。哺乳類のようだが皮膚は体毛が無く剥き出しで、人間の肌を連想させた。そう思って見ると、顔もどことなく人間の赤ん坊を上下方向に圧縮した後、口だけ大きくしたような感じである。  その中途半端に人間じみた外観を見ているうちになんだか背筋が寒くなってきて、俺は『不気味の谷』という言葉を思い出した。 「なんです、こいつは?」    俺は足もとの死骸を指して班長に問う。 「いや、私にもなにがなんだか。ユーレイ社長の様子がおかしかったから近づいたら、肩に乗ってたこいつがいきなり飛びかかってきたんだ。今さっきユーレイ社長から聞いた話だと、社長室にいる時にこいつに咬まれて、その後のことはよく覚えていないらしいんだが」  牙に毒でもあるのだろうか。毒を持つ哺乳類は少ないが、例が無いというわけではない。 「班長は大丈夫なんですか?」  見たところ班長自身に異常は無いようだったが、一応確認しておく。 「飛びかかられた時、顔をかばった腕を咬まれたんだが、服の生地が厚かったおかげで牙が通らずに済んだみたいだ」    危険古生物対策課の制服は単に生地が厚いだけではなく、咬まれたり引っ掻かれたりした時のダメージをある程度軽減できるよう切断しにくい丈夫な繊維で作られている。さすがに大型肉食動物などが相手だとほとんど意味は無いのだが、このくらいの小動物の牙なら防げてもおかしくはない。 「それは制服の防御性能に感謝しないとですね」 「そんなことより、今問題なのはお前の方だぞ!? ここに勝手に入ってくるのがどれだけまずいか、お前には分からないのかもしれないが……」    班長は顔に焦りを滲ませながら、ユーレイ社長の方をちらりと見る。その視線が意味するところは、だいたい察せられた。  もし俺以外でこの場にいたのが班長一人だけであったなら、言い方は悪いが俺がここに来た件について揉み消すこともできる。しかしよりにもよってNInGen社のトップに見られてしまったとなると、そうもいかない。 「ユーレイ社長がここにいるのは俺にとっても予想外でしたけど、でもまあ結果的にはちょうど良かったかもしれませんね。班長が俺の聞きたいことを全て知っているかどうかは分からないですが、さすがに社長が知らないってことはないでしょうから」 「ふむ……」  ユーレイ社長は興味深そうな顔でこちらを見ると、ゆらりと立ち上がった。まだ毒が脱けきっていないのか、立ち上がった直後に一瞬ふらついたが、すぐに壁に手をついて体を支える。 「いいとも。そういうことなら、なんでも聞いてみるといい。私の方も、君が何を知りたくてわざわざこんなところまでやって来たのかは興味のあるところだからね」  班長の口ぶりから判断すると、俺がこの場所――恐らくはスーパーコンピューター〝普賢〟の制御室――に入ることは相当まずいはずなのだが、NInGen社の最高責任者であるはずのユーレイ社長の方はずいぶんとあっさりしたものだった。それが却って、不気味と言えば不気味だ。  しかしここまで来た以上、俺だって腹はくくっている。 「まあ色々とありますが、そうですね……やっぱり一番に教えてもらいたいのは、S級特定危険古生物のことでしょうか。つまり、俺達ホモ・サピエンスについて、ですが」  班長が愕然とした表情で固まった。  さしものユーレイ社長も俺の言葉を聞いた直後は目を丸くしていたが、すぐににやりと笑う。 「君は、どこまで知っているのかな?」 「俺達が教えられてきた地球の歴史は大嘘で、ホモ・サピエンスは二十万年も前に絶滅していて、実際に生き残ったのはホモ・ネアンデルターレンシス……つまりネアンデルタール人の方。で、いわゆる〝本国人〟達こそがそのネアンデルタール人で、俺みたいな〝島民〟は本当はこの島の元々の島民なんかではなく、ネアンデルタール人の手で復活させられたホモ・サピエンス。俺達がこの島に隔離されているのも、ヒトウドンコ病の病原体を持っているからじゃなくて、ホモ・サピエンスがS級の危険古生物だと考えられているから――とまあ、こんなところですね」  ユーレイ社長は俺の返答を聞いて、くっくくくと笑った。 「私としては君がどうやってそれを知ったのかも気になるところだけど、ひとまずそこは置いておこうか。で、そこまで知っていて、君はこれ以上なにを聞きたいんだい? ああ、それとも、その情報の真偽が知りたいだけかな? だったら、私の答えはこうだよ。今君が言った話は、全て真実だ」  ユーレイ社長は、拍子抜けするほどあっさりとそれを認めた。あまりにもあっさりし過ぎていたせいで、偽情報を掴まされたのではないかという疑念が俺の中で逆に強まったくらいである。  そうでなくても、この話にはおかしな点があるのだ。 「でも、さっき俺が言ったことが全部正しいとすると、それはそれでおかしいんですよ」  ユーレイ社長は首をかしげる。 「おかしい? どこがだい?」 「学名のつけられ方です。ホモ・サピエンスという名前の意味は『賢いヒト』ですよね。じゃあホモ・ネアンデルターレンシスの方はどういう意味かと言えば、化石が最初に発見された場所であるノルトライン地方のネアンデル谷(タール)にちなんで『ネアンデル谷のヒト』です。でも、でしょう。自分達の方にこそ『賢いヒト』を意味する名をつけ、二十万年前のアフリカにいた絶滅種の方は、例えば『ホモ・アフリカヌス』とでも名づけたはずです」  どんな人類種が覇権を握ろうとも、自分達の種族には特別な名をつけようとするだろう。百歩譲って、自分達を『賢いヒト』などとは名づけない謙虚な文化の持ち主だったとしても、自分達自身の存在はネアンデル谷で化石が発見される以前から知っていて当然だから、化石が発見された時につけられたような学名になるはずがない。 「ほう……」    ユーレイ社長は、再び目を丸くした。 「あと、S級なんていう規格外の危険度を設定するほど危険視しているわりに、他の古生物とは比べものにならないほど多くのホモ・サピエンスを作り出して、おまけにわざわざきちんと教育を受けさせているというのも引っかかりますね。俺達は純粋な身体能力でいえば恐竜や熊なんかとは比べものにならないくらい弱いんですから、仮に本当にS級の危険性があるのだとしたら、それは知能が理由のはずでしょう。だったら、文字も言葉も教えずに単なる獣のように育て上げて飼っておけば、大した危険性は無かったはずです」 「一つ聞きたいんだけどね」 「なんです?」 「君はいつ知ったんだい? 自分達ホモ・サピエンスが、人工的に蘇らせられた古生物だと」 「ついさっきですけど」 「ついさっき、ね。なるほど、ついさっきか。なるほど、なるほどね」  こちらの返答を復唱しながらさも愉快そうに笑うその様子に、俺はなんとなく苛立ちを覚えた。 「何がなるほどなんです?」 「いやね、純粋に感心したんだよ。自分達ホモ・サピエンスが復活させられた古生物だなんて知らされたら、普通は混乱し、話自体を頭から拒絶し、あるいは絶望する。ところが君はそんなところにまで頭が回っている。合点がいったよ。君が今ここにいるのは、歴史の復元力がそれを後押ししたからだろう。君はその才覚と精神力故に、選ばれたのさ。歪んだ歴史を正す役を果たすに相応しい者としてね」
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