第四幕:Welcome to Paleontologic World!

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 俺が、歴史を正す役割を担う?   言われてみれば確かに、ユーレイ社長は俺がこの部屋に入ってきた直後もそんなことを言っていた。   「ああ、『選ばれた』というのはあくまでも比喩表現だよ。さっきも言ったように、歴史の復元力はべつに神のような意思を持つ存在ではなくて、あくまでも自然法則のようなものだからね。言ってみれば、重力によって水が一番下へと流れ着くように、歴史の復元力によって〝歴史を正す役割〟はそれをこなすのに一番無理のない存在へと流れ着くのさ」   「その流れ着いた先が俺だって、なんで分かるんです?」   「今のこの世界における現生人類がネアンデルタール人であることも、君達サピエンスが復活させられた古生物であることも、本来であれば君の立場では知るはずのないことだった。ところが君はどういうわけかそれを知った上に、この場所にまでたどり着いた。歴史の復元力による後押しが無かったと考える方が逆に不自然というものさ」   「考えすぎですよ。俺がそれを知ったのはただの偶然で――」   「それは本来ならそうそう起こらないような偶然じゃなかったかい? さっきも言ったように、歴史の復元力の作用は、幸運や不運をもたらすんだ。私の予想が正しければ、サイコロの目が十回連続で六になるような、そんな稀にしか起こらない偶然の結果として君は島の真実を知り、そしてここにたどり着いているんじゃないかと思うんだけど、どうかな?」    ユーレイ社長は勘違いをしている。  俺がこの島の真実を知れたのは、あの不正端末のおかげだ。だが、それを手に入れるという幸運あるいは不運が訪れたのは、俺ではなくイエナオさんなのだ。    いったんはそう考えたものの、すぐにその自分の考えに対して疑問が湧く。    じゃあ、イエナオさんから俺の手に渡ったことについてはどうなんだ。  警備部門の大半はフトゥロスへの対応に追われていたとはいえ、そもそもそのフトゥロスが脱走する原因となった襲撃事件を起こしたイエナオさんの捜索にもある程度の人員は割かれていたはずだ。それにも関わらず、真っ先にイエナオさんを見つけたのは、特に彼を探そうともしていなかった俺だった。そんなことが偶然起こる確率はどれくらいだろうか。    それに、俺がS級特定危険古生物についての情報を聞くことになった経緯にも、今考えると引っ掛かるものがある。  俺があの時、イエナオさんから渡された不正端末の方を使ったのは、突然現れたリノティタンの襲撃で俺自身の端末が壊れてしまったからだ。だがあの端末は、本来ならばそう簡単に壊れるようなものではないはずなのだ。   「その表情、心当たりがあるようだね」    愉快そうな表情のユーレイ社長に向けて、俺は溜め息をついてみせた。   「確かに、心当たりがないでもないですよ。じゃあつまり、こういうことですか。俺には歴史上果たすべき役割がある。だからたとえ島が沈んでも、歴史の復元力のおかげで極めて低い確率でしか起こらないはずの幸運を掴むことができ、それによって助かる――と」   「もしくは、極めて低い確率でしか起こらないはずの幸運によって、そもそも島の沈没を回避できるか、だね」   「どっちにしろ、そんな運任せの話を当てにしたいとは思えませんね。そもそもそれ以前に、歴史を正す役割っていうのはいったい何なんです? 俺にどうしろと?」    皆目分からないというふりをして尋ねたが、実のところ、まったく予想がつかないというわけではなかった。  だができれば、その予想には当たっていて欲しくなかった。    そんな俺の内心を読んででもいるかのように、ユーレイ社長は謳うように語る。   「歴史を正す役割がどういうものかって? ハルツキ君、すっとぼけるのはやめなよ。今のこの歴史がどう間違っているのかが分かっていれば、それを正す役割というのが何をするものなのかも必然的に分かるだろう?」    大げさなジェスチャーと相まって、その様はまるでオペラを演じてでもいるかのようだった。   「――そう、本来ならとっくに絶滅しているはずの古生物、ホモ・ネアンデルターレンシスを絶滅させる役割だよ。本来の正しい歴史で、君と同じホモ・サピエンスがそうしたようにね」    最悪の想定をしておけ。結果は二通りだ。その想定通りになるか、それを上回る最悪が訪れるか。  そんなことを言ったのは、誰だったか。  あるいは、誰もそんなことは言っていなかったかもしれない。   「……なんで、俺なんですか。本来の歴史をなぞるにしたって、ホモ・サピエンスなら誰でも良いわけでしょう」   「〝歴史を正す役割〟はそれをこなすのに一番無理のない存在へと流れ着くって話をさっきしたよね? そして歴史の復元力がここにたどり着かせたのは君だった。じゃあ話は簡単だ。君がネアンデルタール人を絶滅させると決心した場合に、一番無理なくスムーズにネアンデルタール人を絶滅へと追い込むことができるんだよ。他のどのサピエンスがその役についた場合よりもね。君は、そういう人間なのさ」    ユーレイ社長は、試すような表情でこちらを覗っている。  俺は目を閉じ、歴史によって課せられた役割について考えを巡らせた。   『私達はね、最初から間違ってたんだよ』『だからね、こうなるのはきっと、当然のことなんだ』 『せめて間違いを重ねなければ良かったのに』『もっと早く諦めて受け入れていれば、間違いを重ねずに済んだのに』    かつて聞いた言葉が脳内でリフレインし、俺は無性(むしょう)に苛々した。    そこにいること自体最初から間違っているものが滅びるという、当然の帰結をもたらす役割。  間違った存在がこれ以上間違いを重ねる前に、この世界から消し去る役割。  それが、俺に与えられた役割だった。  結局のところ俺の役割は、ヒトウドンコ病と同じだったわけだ。    俺は(おもむろ)に目を開くと、考えたことを口にする。 「そう言われて考えてみると、確かに今はネアンデルタール人に対して反乱を起こすのにうってつけの条件がお膳立てされたみたいに揃ってますね。いつもなら俺達の班以外のサピエンスは殺傷能力のある武器を持っていないのに、今はフトゥロス対策で銃火器が支給されている。逆にネアンデルタール人側の武力である第ゼロ班は壊滅状態。おまけに、特定危険古生物〝チャレンジャー〟なんてものを裏で密かに作っていたことを知らされた今、サピエンスのネアンデルタール人に対する不信感も増している。まあ、ずっと〝本国人〟って呼んできた相手が実はネアンデルタール人で、〝島民〟と呼んできた自分達はそのネアンデルタール人によって復活させられた古生物だなんて話を信じてくれる人は少ないかもしれませんけど、反乱を焚きつけるだけならべつに何もかも全部喋らなくたって良いんですよね。〝本国人〟達が俺達にずっと嘘をついていたこと、俺達が本当はヒトウドンコ病の病原体保有者でもなんでもないのにこの島に閉じ込められ、管理されてきたことを曝露するだけで十分です。あとは――」    俺は手にしていた拳銃をユーレイ社長へと向けた。   「俺の話が嘘じゃないことを証明してくれる証言者がついてきてくれれば、ばっちりですね」   「はっ、ハルツキ、お前、まさか本気か!?」    班長が血の気の引いた顔で問うてくるが、俺はそちらへは顔を向けない。   「なに考えてるんだか知らないですけど、あれだけぺらぺらと俺に喋ったくらいなんですから、今さら証言するのが嫌だとは言わないでしょう?」   「嫌だと言ったら、その銃で撃つつもりかい?」   「ご想像にお任せしますよ」   「ちなみにこれは興味本位で聞くんだけど、仮にそれでサピエンスの反乱を煽動できたとして、そこから先はどうするつもりだい? 確かに第ゼロ班を欠いた今のNInGen社には反乱を鎮圧する力は無いけど、ジーランディアシステムはもう発動してしまっているんだよ? いくらこの島を占拠したところで、あと数時間で島ごと沈んでしまうじゃあないか」   「そうですねぇ。こっちには武力があるわけですから、ネアンデルタール人達から力づくで救命ポッドを奪うっていうのはどうでしょう? 俺達が救命ポッドを使ったところで後で引き上げてもらえはしないでしょうけど、歴史の復元力とやらが味方してくれるのなら、うまいこと本土に流れ着くという確率の低い幸運だって十分起こるでしょうし。まあ、その場合、この島のネアンデルタール人達は代わりに全員死ぬことになりますけど、元々は向こうが自分達の都合で俺達を作った挙げ句、今度は俺達を島ごと沈めて自分達だけ助かろうとしてるわけですからね。そうなったところで、自業自得じゃないですか?」   「ふーむ、あまりにも歴史の復元力頼みすぎて、なんかちょっと拍子抜けだねぇ。君ならもうちょっと自分でコントロールできる余地のある手を考えつくんじゃないかって思ってたんだけど」   「……ご期待に沿えなくてすみませんね。で、どうするんです、社長さん? おとなしく俺についてきてくれるんですか?」   「私は武器一つ持たない非戦闘員だからねぇ。そうやって銃で脅されたら、従う他ないよね」    ユーレイ社長は例によって例のごとく、オーバーな仕草で肩をすくめてみせた。   「……じゃあ、班長はどうします?」    俺は、顔面蒼白のまま立ち尽くしている班長に向けて問うた。   「わっ、私か……?」   「そこに転がってる妙な動物を撃った銃、今も持ってますよね? それで俺を撃ちます? ここで俺を殺しておけば、ホモ・サピエンスが班長達ネアンデルタール人を絶滅させる未来を回避できるかもしれませんよ?」   「私は……」    班長は自らの掌を開いて見つめた。そして結局、その手を銃には伸ばさないまま力なく下ろし、首を左右に振った。   「私には、できない。ハルツキ、お前の言う通りだよ。そもそも自分達の都合でお前達を作り出し、そしてずっと騙してきたのは私達の方だ。お前が何をするつもりでも、止めるような資格は私にはない。そもそも、本来なら今ここに存在しているのが間違っているのは私達の方なのだし……」    うつむいた班長の顔が、思い出の中の顔と重なる。  自らの未練から目を背け、諦めようとする顔。  ここで諦めれば、もう楽になれるんだとそう自分に言い聞かせようとしている顔。    まったく、どいつもこいつもどいつもこいつも!  苛々する。  本っ当に、苛々する。   「そうですか。じゃあ誰も止めるつもりがないってことで、この古生物の世界の物語は、みんなの大好きな分かりやすいオチになるわけですね。己のエゴで生命を弄んできた邪悪な支配者は、自らが作り出した生物に復讐されて滅びました、めでたしめでたしってやつです」    俺は一度大きく息を吸った。  そして思いの丈を込めて叫ぶ。   「俺は! そういうのが! 大嫌いですけどね!!」    歴史を正す役割なんて、くそくらえだ。
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