第四幕:Welcome to Paleontologic World!

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「管理責任者マリオン・ユーレイが普賢に命じる。輪読会と、この場を繋げ」    ユーレイ社長が命ずるのと同時に、壁一面が淡く輝き出したかと思うと、そこに賽の目状に区切られた映像が映し出された。  区切られた区画の一つ一つに、人間の顔が映っている。そのうちの一人、六十歳前後くらいのがっしりとした体躯の男が、代表するかのように口を開いた。   「ようやく応答したか、ユーレイ君。状況の説明はあるのだろうね?」  ようやく応答したか、という言い方から判断するに、向こうから連絡を取ろうとし続けていたのだろう。輪読会側の立場からすれば、普賢が奪われそうになってジーランディアシステムが発動したとあっては状況について聞きたくなるのも当然である。  それにしても、ユーレイ社長は輪読会側から連絡を取ろうとしてきているのを無視しつつ、俺に対しては輪読会に連絡をするのは気が進まないとか言っていたわけか。分かってはいたが、本当にたちの悪い性格をしている。   「実のところ、ちょっと前に意識を取り戻したばかりでしてね。私も状況をそんなに把握できていないのですよ。分かっているのは、何者かが普賢の管理権限を奪おうとして失敗し、ジーランディアシステムが発動したということだけです」   「そんなことは、こちらも分かっている」    最初に質問したのとは別の一人が、苛立たしげに言葉を返した。   「その様子では、普賢を奪おうとした者の正体も分かっていないようだな。では、ホモ・フトゥロス大量脱走の件についてはどれだけ把握している? それに、NInGenのメインコントロールルームとの連絡が途絶えている件についてもだ」    メインコントロールルームとの連絡が途絶えている?  俺は思わず驚きの声をあげそうになり、慌てて口を押さえた。    危ない危ない。せっかくカメラの死角に隠れているというのに、声で俺の存在がバレてしまうところだった。  それにしても、本社ビルにあるメインコントロールルームとの連絡が途絶えているというのは初耳だった。いったい、何が起こっているのか。   「メインコントロールルームの方については今初めて知りましたが、その二つは繋がっていると考えるのが妥当でしょうねぇ。メインコントロールルームを押さえれば、フトゥロスも含めた危険古生物の飼育区画を開放することも可能ですから。これはただの推測ですが、それをやったのは普賢を奪おうとしたのと同じ人物もしくは同じグループでしょうね。まずは普賢を奪おうとし、それに失敗したから今度はメインコントロールルームを占拠して古生物の飼育区画を開放し、フトゥロスを脱走させた――といったところでしょう。なんのためにそんなことをしたのかは分かりませんが」    二番目に質問した人物が、呆れたという様子で(かぶり)を振った。   「事態を制御どころか、把握すらできていないではないか」   「やはり、NInGen社にこの計画を遂行する能力はなかったか」   「それ以前に、そもそも計画自体に問題があったのだ。こんな計画に手を染めるべきではなかった」   「やはりこれを機に全て海に沈めるのが妥当か」   「君もさっさと自分のポッドに避難することだな、ユーレイ君」    想定していたことではあるが、議論はこのまま何もせず島が沈むのに任せるという方向に向かっている。  さて、勝負はここからだ。   「まあ私としては、べつにこの島が沈んでもかまわないんですけどね」    島が沈んでもかまわないと本気で思っていそうなところになんとも腹が立つが、この台詞も事前に打ち合わせていた流れに沿ったものだ。   「ところで皆さん、その後のことはどのようにお考えで?」   「その後?」   「プランAもプランBもこの島ごと沈めて無かったことにして、それでその後、歴史の復元力にはどう対応するのかですよ。私が聞かされていないだけで、ちゃんとプランCは用意されているんですよね?」    輪読会の面々は、その多くが顔を伏せたり、目を泳がせたりした。自分以外のメンバーの様子をうかがっていると思しき目線の者もいる。  やがて、長い髭を蓄えた目の細い老人が口を開いた。   「必ずしも、プランCが無ければいけないわけではないだろう。そもそも、いくら生き残るためとはいえ、プランAやBのような道を外れた行いをしてきたこれまでの方にこそ問題があったのだ。今からでも過ちを認め、人の道に立ち返ってこそ、我々が真に存続するに値する種族であると示せる。そういうものではないか?」   「それ、要は特になにもせず運を天に任せるってことですか? 今のが輪読会の総意ってことでいいんです?」    先ほどの老人ではなく、最初に質問した人物が返答した。   「総意ではない。今のような意見もあるというだけだ。プランA、B破棄後どうするかについては、後ほど皆で話し合って良い案がないか考えることになっている」   「つまり、今はまだ何も考えていない、と」    相手の男はその厳めしい顔を更に険しくしたが、ユーレイ社長の言葉に対して反駁はしなかった。   「それなら、ちょうど良かった」    にこやかにそう続けるユーレイ社長に対し、輪読会の面々は困惑した顔を向ける。   「ちょうど良かった?」   「実はね、その件について一つ提案したいという人が来ているんですよ」 「提案したいという人が来ている? 君が提案したいというわけではなく?」   「ええ、そうです。それじゃあ、ハルツキ君、あとは君に任せた」    俺はカメラの死角から、自分の姿が相手からも見える位置へと進み出た。  スクリーンに映った顔の多くが驚愕に目を見開き、どよめきがいっせいにあがる。   「サピエンスだと!?」   「どういうつもりだ、ユーレイ!」   「よりにもよって、S級特定危険古生物を普賢に近づけたのか!?」    狼狽して口々にわめきたてる彼らの顔に隠しがたく滲み出ているのは、怒りよりもむしろ恐怖だった。本気で俺達(サピエンス)が怖いらしい。  しかしいつまでも怯えられていては、話を始められない。まずはいったん、この混乱を鎮めないといけないな――と思ったところで、鋭い声が響いた。   「諸君、落ち着きたまえ」    最初に発言したのと同じ人物だった。先ほどからの様子を見るに、どうもこの人物がまとめ役かなにかのようだ。俺はひとまずこの人物を、心の中では議長と呼ぶことにした。    議長は他の面々が要請通りに黙ったのを見ると、こちらを真っ直ぐに見据えた。輪読会の大半とは異なり、その顔からはこちらに対する恐怖はうかがえない。   「まさかこのようなかたちで対面することになるとはな。我々に恨み言でも言いに来たか、サピエンス?」   「恨み言?」   「こちらの勝手な都合で古生物に作り変えられたお前達としては、恨み言の一つも言いたくなるのが当然というものだろう」    なるほど、その自覚はあるらしい。  確かに普通ならここは恨み言の一つでも言うところなのだろうが、相手の予想の範疇におさまることをやったところで、この状況は打開できない。   「勘違いしてもらっちゃ困りますけどね、少なくとも俺は、俺達ホモ・サピエンスを復活させることにした時のあんたらの判断は評価してるんですよ」    議長は不可解そうに眉間に皺を寄せた。   「なに?」   「あんたらは自分達の種が生き残るために、同族の子供を古生物へと改変した挙げ句、危険な存在として管理してきた。確かに、さっきそっちの髭の人が言った通り、人の道からは外れに外れていますよ。実に外道だ。でも、生き残るためなら道なき道に踏み入るのが生物ってもんですよ。周りの他の生物にとって猛毒だった酸素を最初にばらまき始めたやつ、他の生物を食って栄養源にすることを最初に始めたやつ……そういう外道と非道が作り上げてきた道の果てに、俺もあんたらもいるんです。だからね、俺は、過去のあんたらの判断についてはとやかく言うつもりはないんですよ。……駄目なのは過去じゃなく、あんたらだ」    さあ、ここからが本番だ。  俺は視線だけで射殺さんばかりに、目に力を込めてスクリーンの向こうの面々を睨みつける。   「さっきのやりとりを聞いて、俺は心底がっかりした。あんたらが雑草踏み潰すみたいに人間の尊厳を踏みにじってでも道なき道に踏み入ったのは、そうまでしてでも守りたいものがあったからじゃないのか? それなのに、今さら怖じ気づいて舗装された道に戻るのか? その道の先は、崖だと分かっているのに?」   「お前の言葉を借りれば、我々が雑草のようにこれまで踏み潰してきた者達の犠牲を無意味なものにするなと言いたいのか?」    議長の言葉に対し、俺は首を左右に振ってみせた。   「とっくに外道になってるあんたらに、今さらそんな人の道を説くみたいなまねするわけないだろ。俺が言いたいのは、こうだ。あんたらがここから先の道を作る覚悟も無い腑抜けなら、これからは俺達が代わりにそれをやってやる。だから、あんたらがこれまで道を作るのに使ってきた力を――普賢を、俺達に渡せ。そうすれば俺達(サピエンス)が支配者となったこの世界で、あんたらネアンデルタール人のことは貴重な古生物として絶滅しないよう保護してやるよ」    愕然とする輪読会の面々に向け、俺は宣言する。   「――これが、俺の提案するプランCだ」
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