第四幕:Welcome to Paleontologic World!

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 スクリーンの向こうの人々は、いっせいにざわめいた。   「馬鹿な」「信用できるか」「やはりサピエンスは危険だ」といった否定的な声がほとんどだが、中には「確かにサピエンスがこの星の覇者となれば、歴史の復元力も矛をおさめるかもしれない」「このまま打つ手もなく滅びるよりはましなのではないか」と言った声もちらほら混ざっている。    それらの声を再び静まらせ、議長が口を開いた。   「仮に本来の歴史通りお前達サピエンスがこの星の支配者となったとして、それで我々が歴史の復元力により排除されないということにはならないのではないか?」   「いいや、そうでもないと思うぞ。一つ聞いておくが、古生物を復活させるのに使っているRRE法も、あんたらはモノリスに教えてもらったんだよな?」    表向きは質問というかたちをとってはいるが、実のところ、その答えについては既にユーレイ社長から聞いている。  本来の歴史においても新六甲島でRRE法による古生物の復活が行われていたからこそ、俺達(サピエンス)を含む古生物の復活はこの島で進められることになったのだ。   「その通りだが……それが今の話とどう関係する?」    表情に困惑を滲ませる議長に対し、俺は答える。   「だったら、本来の歴史ではちょうど今とは逆にサピエンスの方がRRE法によりネアンデルタール人を復活させ、そして研究対象として管理下においたはずだ。本来の歴史におけるサピエンスには、今のあんたらと違ってネアンデルタール人を復活させなきゃいけない切実な事情なんてなかっただろうけど、それでもやったさ。俺もサピエンスだから、よく分かる。ホモ・サピエンスは、そういうことをやる生物だ。つまり、歴史を動かす主役ではなく。だから、あんたらがそういう存在になれば、歴史の復元力はもうあんたらを排除しようとはしないだろうさ」 「つまり、我々に動物園の動物のごとく管理される存在になれと?」   「それに文句を言える立場か? 今まで自分達がやってきたことを考えてみろ。それにあんたらはこれまで、生き残るために自分達の文化や歴史まで捨ててきたそうじゃないか。今さら誇りとかそんなものを気にするのか?」   「だが、それで本当に我々が生き残れるという保証も無い。支配者となったお前達が、我々を絶滅させるかもしれないではないか。それこそ、本来の歴史でそうしたように」   「確かに、ネアンデルタール人なんか殺してしまえって言い出す奴も多少は出てくるだろうな。でも、その意見でサピエンスが一致団結するってことはない。サピエンスの善性は保証できなくても、サピエンスがそんなにまとまれる存在じゃないことは保証できる。だから、必ず世界のどこかではネアンデルタール人の保護も続けられるだろうさ。完全に絶滅する可能性は低い。少なくとも、このまま何もしないよりはな」    俺の返答を受けて、輪読会の面々がまたもざわめき出す。先ほどと同様、意見は割れているもののやはり否定的な声の方が大きい。    さて、そろそろ頃合いか。    俺はさりげなく足の位置を変えた。  これは、ユーレイ社長に向けた合図だ。    言うまでもないことだが、俺もこんな過激な提案が受け入れられると本気で考えているわけではない。  確かに輪読会は決断を怖れるようになっているのかもしれないが、普賢を渡して今後の決断を全て他者に委ねるのだって、一つの大きな決断だ。ましてや、その他者が信用できないサピエンスなのだから、そんな決断ができないことは重々承知している。  しかしその一方で、俺が言ったようなかたちで絶滅を回避する可能性を完全に排除する決断もまた、彼らには難しいだろう。  では、そんな人間が飛びつきたくなる選択肢はなにか。    保留だ。  だから、このタイミングでユーレイ社長に提案させる。  今の俺の提案を受け入れる選択肢、プランAをそのまま進める選択肢、そしてサピエンスはやはり島ごと沈めてしまうという選択肢……それらを全て残した上でいったん保留し、サピエンスがどの扱いに相応しいかしばらく様子見をしないか――と。  保留とか様子見といった彼らにとって受け入れやすい選択肢、なおかつ彼らにとっては身内であるユーレイ社長からの提案であれば、とりあえず今回の島の沈没はとりやめるという決断へのハードルは下がる。  普賢を俺達に譲り渡すという過激な案についての決断を迫られた後でなら、島の沈没停止くらいの決断はなんてこともないように感じられる。  先ほどの俺の発案は、輪読会をそういう心理状態に追い込むための、ただのブラフだ。  俺の合図に気づいたユーレイ社長が、当初の打ち合わせ通りに口を開く。   「皆さん――」   「一つ、私から意見を言わせてもらって良いだろうか」    だが、ほぼ同時に言葉を発した者がいたことで、ユーレイ社長はいったん口を閉じた。俺も、そちらに目を向ける。  年齢のためか髪が真っ白になっている、痩せた男だった。口々に喚きたてていた輪読会の大半と違い、この男は先ほどからただ黙ってこちらを見ていた記憶がある。  今になって、いったい何を言い出すつもりなのか。   「私の一族は、代々多くの芸術家を生み出してきた。彼らが遺していった作品の数々は、モノリスに記録されていたサピエンス文明の芸術にも決して劣らなかったと伝え聞いている。だが、それらの作品は……いや、それどころかそれらを生み出した技法すらも、もう一つとして残っていない。祖父の代に、全て破棄してしまったからだ。歴史の復元力を弱めるためには、本来の歴史において存在しない我々独自の芸術は捨てざるを得なかったのだ。自身も芸術家だった祖父は、さぞ無念だったろうと思う。だが、それでもその選択をした祖父の気持ちは、私にも分かる。自分達が作り上げてきた歴史や文化を捨て去るのは確かに悔しい。だが、正しい歴史とやらに屈するのは、それ以上に悔しかったのだ。我々は、今、ここにいる。生きている。それなのに、本来であればもう滅びているべきだから死ねだと? それが正しい歴史だと? そんなふざけた話があってたまるか! ……そう思ったからこそ、我々はここまでやってきたのではないか?」    白髪の男は、顔を上げてこちらを見据えた。   「サピエンスの若造、お前はさっき、生き残るために自分達の文化や歴史まで捨ててきた我々に誇りなど残っているのかと聞いたな? その問いに今、答えさせてもらう。残っているとも。もちろん、残っている。我々には、たとえどんな汚い手を使ってでも生き延び、自らの道を切り開こうとしてきたという誇りがある。だから、それをお前達に譲り渡すつもりは無い」    ……ユーレイ社長め、適当なこと言いやがって。なにが今の輪読会には決断なんてできない、だ。おかげで予定が狂ったぞ。    焦る一方で、俺は自分がどこか愉快な気持ちになっているのを否定できなかった。  これでこそ、世界を裏から支配し、非道をなしてきた悪の組織だ。世界を牛耳る悪の組織たるもの、このくらい気を吐いてくれなくては張り合いが無い。    白髪の男はいったん言葉を切って少し息を整えた後、再び口を開いた。   「……だが、お前達がともに道を切り開くに値する存在であるかは、検討する余地があるだろう」    そして今度は、同族達に向けて呼びかける。   「諸君、私はフトゥロスの脱走に端を発する今回の新六甲島の危機を、サピエンスが将来的に我々の社会の構成員として受け入れるに相応しい存在なのか、それとも危機に乗じて牙を剥くような危険な古生物にすぎないのかを見定める好機と捉える。もし彼らが、我々ネアンデルターレンシスと協力し無事に今回の事態をおさめることができたら、我々の社会に迎え入れる余地ありとしてジーランディアシステムを停止させる――それでどうだろうか。異論がある者がいれば、今この場で言ってもらいたい」    皆、気圧されたように押し黙ったままだった。  ややあって、議長が言葉を引き取った。   「……では、今の提案通り、今回のフトゥロス脱走事件を無事に収束させ、新六甲島を平常状態に戻すことができれば、ジーランディアシステムは停止させる。皆、それで問題ないな?」    今度も、異論の声はあがらなかった。
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