第五幕:その古生物に、未来はあるか

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第五幕:その古生物に、未来はあるか

「いやぁ、また大変な条件を突きつけられてしまったねぇ。なかなか思い通りにはいかないものだ」    輪読会との交渉を終えた後、ユーレイ社長が開口一番に言ったのがこれだった。口では大変と言っているが、顔は相変わらず愉快そうだ。  俺もいい加減、怒る気も湧かなくなってきた。この人はどこまでいってもこういう人間なのだと割り切っておいた方が良いのだろう。   「なにもかもこちらが想定した範囲内で進んだらむしろ驚きですよ。島の平穏を取り戻そうと思ったら、どのみちフトゥロスをそのままにはしておけませんし、この程度の想定外で済んだのはむしろ上々です」    二十五頭――いや、最初に脱走した五頭のうちの一頭がまだ生き残っているから、それも含めれば二十六頭か――のフトゥロス全ての駆除と、普賢を奪おうとした犯人の確保。  この二つが、『事態が収束した』と判定するための必要条件として輪読会側が提示したものだった。    上にいる人達もさすがにフトゥロスの新たな脱走には気づいているはずだし、既に対処に乗り出してはいるだろう。問題は、戦況がどうなっているかだ。  二十六頭のうち、何頭かは既に仕留められているだろうか。  それとも、一頭も仕留められず、むしろこちらだけが甚大な被害を出している状態か。    期待と不安がない交ぜになった気持ちを抱きつつ地上へと戻ると、困惑顔の班長が待っていた。   「ハルツキ、輪読会の説得はうまくいったのか?」   「まあまあですよ。脱走したフトゥロスの駆除と普賢を奪おうとした犯人の確保ができれば、ひとまず島を沈めるのはとりやめると約束させることができました。で、そのフトゥロスへの対処は今どうなっているんです? どうもその顔を見るに、そちらは何か問題があったみたいですが」    自分はそんなに分かりやすい顔をしているのかと気にでもなったのか、班長は反射的に両手で頬のあたりを(さす)ったが、すぐにその手を下ろして答えた。   「対処がどうなっているというか……そもそも、対処していない」   「対応していないって……なんでそんなことになってるんですか? フトゥロスが二十五頭も脱走してるんですよ!? 危険古生物のタグ追跡システムにもばっちり表示されてましたし、誰も気づかないはずがないでしょう!」    予想外すぎる返答に、驚きのあまり思わず声が裏返ってしまった。  対処に失敗しているというなら、まだ分かる。しかし、そもそも対処していないというのは、いったいどういうことだ。どうしてそうなった。   「警備部門の現場指揮官が言うには、その件について今後の対応を相談するため対策本部に連絡を入れたところ、その二十五頭の脱走はシステムの異常による誤表示なので無視し、今の持ち場を動かないよう厳命されたらしい」    システムの異常による誤表示で、本当は脱走なんてしていない? 本当にそうなのであれば、どんなにありがたいことだろう。  だが、輪読会もフトゥロスが大量に脱走していると認識していた。もし単なる誤表示なら、なぜ本部はそれを輪読会に伝えない?    そこまで考えたところで、俺はあることを思い出した。   「班長、さっき現場指揮官が対策本部に連絡を入れたって話がありましたけど、その本部ってどこに置かれてるんでしたっけ?」   「本社ビルのメインコントロールルームだ。さっきそちらにも連絡を入れてみたのだが、応答が無かった。あちこちから連絡がきているせいで、対応しきれていないのかもしれないが……」    俺は、ユーレイ社長の方を振り返って尋ねた。   「ユーレイ社長、さっき輪読会と話してた時に、メインコントロールルームが普賢を奪おうとしたのと同じ奴らに占拠されてるんじゃないかって話をしてましたよね」   「なっ!?」    班長が青ざめる。   「普賢を奪おうとしたのと同じ相手かはともかく、フトゥロスを含めた危険古生物の飼育区画を開放して、さらに輪読会からの応答要請をはねつけるにはあそこを押さえるしかないからねぇ。警備部門に不可解な指令が出されているとなれば、なおさら怪しいよね。まあ、あくまでも推測なんだけどさ」    ユーレイ社長の推測を聞いた班長は、元々色白な顔を更に青白くしたまま考え込んでいたが、ややあって口を開いた。   「……もしかしたらだが、メインコントロールルームが占拠されているかどうかを確かめられるかもしれない」   「どうするんです?」   「あそこには、母もいるはずだ。母の個人端末に、私の方から直接連絡を入れてみる。私は職務上はあの人の直属の部下というわけではないから、普段なら勤務時間中に連絡を入れるとこっぴどく怒られるところだが、今はそんなことは言っていられないからな」    間抜けなことに、それを聞いてようやく班長の顔色がこんなにも悪くなっている理由が分かった。  メインコントロールルームが何者かに占拠されているとなれば、ことによっては班長の母、ハンナ・カウフマン研究統括部長は既に殺されているかもしれないのだ。
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