第五幕:その古生物に、未来はあるか

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 メインコントロールルーム奪還に向かった班長達を見送った後、俺は装備を調えてからフトゥロス達の先回りをすべく車を走らせた。    フトゥロス達が移動に使っている新六甲ライナーは、島の各地に人や物資を輸送する役割を担っている。そのため路線も島の各地をめぐるよう設計されており、逆に言えば本土に続く橋まで最短ルートで繋がっているというわけではない。  そのおかげで先回りも可能なのである。    新六甲ライナーの線路両脇には、侵入防止と騒音軽減のために立てられた高さ五メートルほどの壁が延々と続いている。しかしそれは線路内への侵入が不可能ということを意味しない。ところどころに踏切があり、そこでは壁が途切れているのだ。  そうした踏切の一つから、俺は線路内に車を侵入させた。    この線路内でフトゥロス達を待ち構え、そして迎え撃つ――なんてことをするつもりは毛頭なかった。    線路に沿ってライナーの進行方向に車を少し走らせた後、俺はそこで停車し、車を降りる。そのまま踏切まで戻ると、線路外に出た。そして、近くにあるビルの屋上へと上がる。    いくつかある踏切の中から足止めポイントとしてこの場所を選んだのは、二つの条件を満たしたからだ。    一つ目、当たり前ではあるが、フトゥロス達が乗るライナーを先回りできる場所であること。  そして二つ目は、すぐ傍に十分な高さの建物が複数建っており、かつそのうちの最低一棟は屋上に上がれること。    もっとも、二つ目に関しては必ずしも屋上でなくとも良かった。地上五メートル以上の高さでなおかつ線路に面した窓がある部屋なら、代わりは務まる。  それでも結局は、屋上が開放されている建物を選んだのだけれど。    俺は屋上に腹ばいになった状態で対物ライフルを構えた。銃口が向けられた先には、先ほど自分で停めたばかりの車がある。  そして、そのままの姿勢でライナーが来るのを待った。    やがて、走行音が聞こえてきた。姿勢は変えず、視線だけをそちらへと向ける。  ライナーは俺の見ている前で減速し始め、線路上に停められた車の少し手前で完全に停止した。    ここでライナーを車に衝突させて脱線させられれば、フトゥロス達の移動を妨害すると同時に何頭かを負傷させられるかもしれないと思ったのだが、さすがにそこまでうまくはいかないようだ。  線路上の障害物に気づいてライナー内部からの操作で停車させたのか、それともメインコントロールルームで監視している敵による遠隔操作か。あるいは、ライナー自体に進路上の障害物を検知して自動停車する機構が備わっているのかもしれない。    いずれにせよ、ライナーもその内部に潜むフトゥロス達も現時点では無傷だ。    停車したライナーの先頭車両から、二頭のフトゥロスが降りてきた。二頭ともクマ型だ。攻撃特化型とも呼ばれる力自慢のクマ型を使って線路上の障害物をどかし、ライナーを再発車させようというつもりらしい。  それくらいしてくるであろうことは、想定の範囲内だった。だから俺は、こうして伏射の姿勢でここに陣取っているのだ。    クマ型の一頭が迷惑駐車された車を押してどかそうと、四足歩行の姿勢で頭頂部を車体につける。クマ型の動きが止まったその瞬間に、俺は引き金を引いた。弾は胴体の真ん中を貫き、クマ型はそのまま体の下に血溜まりをつくりながら倒れ伏した。    仲間の凄惨な最期を目の当たりにしたもう一頭のクマ型が、慌てた様子でライナーの車両内に戻ろうとする。  戻ろうとしている相手の移動経路は読みやすい。だから俺は、一頭目に弾が命中したのを確認するとすぐに、二頭目の現在位置から最も近い車両ドアの少し手前に狙いをつけ直していた。    予想通り、クマ型はそのドアから車両内に逃げ込もうとする。そこをすかさず撃つ。頭を狙ったつもりだったが、当たったのは太腿のあたりだった。即死するような位置ではないが、相手の動きが一瞬止まる。そこをもう一度撃つ。クマ型の頭部から血が噴き出し、ライナーの車体にびしゃびしゃとかかるのがここからでも見えた。    精鋭たる第一班の副班長とはいえ、ツツジのような神業と呼べるレベルの射撃スキルを持たない俺には、本来この距離で動く的に弾を命中させるのは難しい。しかし銃身と体が安定する伏射であれば、それも少しはましになる。  三発撃って、二頭を倒せた。俺にしては、上々だ。    もっとも、まだあと二十四頭も残っているのだが。  それを考え出すと気が滅入りそうなので、余計な思考は頭から締め出して眼前の光景に集中しようとする。  いや、本当に頭から締め出したいのは、あと二十四頭という数のことではなかった。場合によっては自らの手で皆殺しにしなくてはならないその二十四頭が、姿形も性質もまったく違えどそれでもヒトだという事実だ。  本来であればネアンデルタール人としてこの世に生を受けるはずだったのに、遺伝子改変で別種として生み出されることになったヒト達……そういう意味では、俺達と同じなのだ。    正直に言えば、いざ撃とうとすると手が震えて引き金が引けなくなったりするのではないかと不安だった。あるいは、そうのかもしれない。  だが実際は、意外なほどにすんなりと撃てた。  これまで、他の古生物を撃ってきた時と同じように。    最初に脱走した五頭のうちの一頭を、俺の指揮で射殺した時とはわけが違う。あの時はまだ、〝チャレンジャー〟と呼んでいたあれらがヒトの一種、ホモ・フトゥロスだとは知らなかった。だからこそ、躊躇いなく撃たせることができた。    そう思っていたのだが……。    ヒトと知りながら他の動物と同じように撃てたのは、俺がひとでなしだからか。  それとも、ヒトかそれ以外かで区別をつける方がおかしいのか。  たとえ分類上はヒトだったとしても、フトゥロスはともに社会を作れるような生物ではないのだから、他の動物と同じように扱うのが妥当なのか。    答えを出せない問いが、頭の片隅にこびりついて離れない。  しかしそうした問いに対して、じっくり考えている時間は無かった。だから俺は、答えが出ていなくても進む先を決めなくてはならない。たとえ決めたその方角に、人の道はのびていなかったとしても。    新たな一頭がライナーの車両内から出てきた。今度はセンザンコウ型だ。防御特化のセンザンコウ型なら撃たれても大丈夫だろうと判断したのかもしれない。  確かに俺達が普段使っているような猟銃やアサルトライフルでは、センザンコウ型の硬い鱗で覆われた外皮は貫けない。だが対物ライフルならそれも可能であることは、最初に脱走した五頭のうちの一頭で既に証明済みだ。    引き金を引く。  センザンコウ型も先ほどのクマ型と同様、ライナーの車体に血飛沫を浴びせながらその場に倒れた。    これでフトゥロス達は、うかつに車両内から出てこようとはしなくなるだろう。  実のところ、対物ライフルの威力ならば車両内にいる相手だって撃ち抜くことができる。なにせ、危険古生物対策課で使っているような防弾仕様の特殊車両の外壁すら貫通させられるのだ。特に防御など重視していないライナー車両の壁や窓など、紙も同然である。    それにも関わらず敢えて車両から出てきた個体だけを狙い撃ったのは、フトゥロス達に車両内なら安全だと勘違いさせることでそこに留め置かせ、増援が来るまでの時間を稼ぐためだ。    もし車両内に留まっていても撃たれるとなったら、フトゥロス側はいっせいに打って出るしかなくなる。  車両のドアに予め狙いをつけておけば、素早いヒョウ型であっても出てきたところをすかさず撃つこともできなくはない。しかしドアは一つの車両につき前後両側の計四つついていて、しかもライナーは四両編成だ。十六全てのドアに狙いをつけておくことなどできようはずもない。    狙撃ポイントとなり得る高さの建造物はここ以外にもいくつかあるから、打って出たからといって俺が今いるこの位置をそうすぐに突き止めたりはできないだろう。  しかしもし見つかって一度に二十頭以上を相手にすることになれば、勝敗は火を見るより明らかだ。    一応、この屋上へと続くドアには鍵をかけてあるが、ヒョウ型が外の雨樋などを伝ってビルの屋上まで登ってこられるのは既に一度見ているし、クマ型ならドア自体をぶち破れるだろう。鍵なんて気休め程度にしかならない。    俺の役割があくまでも時間稼ぎである以上、進路上の障害物をどかそうと車両外に出てきた奴だけを撃つことでフトゥロス達をこれ以上先に進ませないというやり方が最適解なのは間違いない。    だが、フトゥロス達を本土に逃がそうとしているのが普賢を奪おうとしたのと同じ人間なら、そいつはこのままいけばあと何時間かでこの島が沈むことを知っているはずだ。    となれば、おとなしくただ時が過ぎるのを待ってくれるとも思えない。  さて、向こうはどう出るか……。
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