第五幕:その古生物に、未来はあるか

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 閃光を見たのが一瞬で済んだためか、視界が徐々に戻ってくる。    真っ先に目に入ったのは、眼前にそびえ立つセンザンコウ型の巨体だった。ついさっきまでこの車両内にはいなかったが、閃光手榴弾で俺の視界が奪われた隙に前方車両から突入してきたのだろう。    センザンコウ型の向こう側には、パックが横たわっていた。胸が上下しているから死んではいないし、目立った出血も認められない。しかし起き上がる気配もまた無かった。    出血がないということは、ヒョウ型に切り裂かれたのではなくセンザンコウ型に殴り飛ばされたのだろう。普段のパックならセンザンコウ型の攻撃くらい避けられたはずだが、突然の閃光で混乱していた隙を突かれたに違いない。    先ほど俺を攻撃したのも、同じセンザンコウ型と見て間違いなかった。俺のすぐ前に立っているのが何よりの証拠だ。  持っていたアサルトライフルは、センザンコウ型の攻撃を受けた際に手元から飛んでいってしまっていた。    まだ丸腰というわけではない。サブウェポンとして拳銃を携帯しているし、トウガラシスプレーもある。  だがこの至近距離では、それらの武器に手を伸ばすのに必要な時間が致命的だった。いくら他のタイプより動きが遅いセンザンコウ型が相手とはいえ、武器を取ろうとした時点で、構えて発射するより先に俺の頭の方が叩き割られてしまうだろう。  俺は大きく息を吐いた。  悪い、班長。俺はどうやら、ここまでみたいだ。  一人で足止めしてみせると啖呵を切っておきながらそれを果たせず、子供を助けようと乗り込んだもののそっちも無理だった。  まったく、何をやっているんだか、俺は。  子供といえば、あの子――ミキはどうなったんだ?  そう思った直後、当の本人がセンザンコウ型の陰からひょいと顔をのぞかせた。  幸いにして、まだ生きてはいたようだ。フトゥロス達がこのまま彼女を人質として使い続けるつもりなら、彼女の方はうまくいけば殺されることなく班長達に救出してもらえるかもしれない。  そう微かな希望を抱いたところで、俺は違和感を覚えた。すぐに、その違和感の正体に気がつく。  ミキは、拘束されることなく一人で立っていた。そして大事な人質のはずなのに、センザンコウ型もヒョウ型も、ミキを逃がさないよう捕えておく素振りを見せていない。  なにより、ミキの顔からは先ほどまでの怯えた表情がすっかり拭い取られていた。   「ああ、どっかで見た顔だと思ったら、前に地下であったお兄さんか。こんなかたちでまた会っちゃったのは、ちょっと残念かな」   「これは……いったい、どういう……?」    壁に叩きつけられた痛みを堪えながら、声を絞り出す。    ミキのこの様子は、明らかに人質のそれではない。先ほどまでの怯えた姿は、きっと演技だったのだろう。  そこまでは俺にも分かる。    だが、フトゥロス達に人質として攫われたわけでもないのなら、なぜこの子はこんなところにいるんだ?  考えたくはないが、俺の頭には一つの可能性しか思い浮かばなかった。    それはつまり、他ならぬこの子こそがフトゥロスを使って今回の事件を引き起こした人間、少なくともその一人だということだ。   「君は……輪読会にいるプランAを潰そうとしてる奴ら…………あいつらの、仲間だったのか?」    こんな子供が?    自分で聞いておきながら、俺にはとても信じられなかった。    そんな俺の問いかけに対して、ミキは心底嫌そうな顔をした。   「輪読会? 私が? あんな連中といっしょにしないで欲しいな。反吐が出そう」    こんな子供が輪読会内プランA反対派の手先となって事件を起こしたとは信じられなかったが、かといってそれを否定されたら否定されたで、やはりわけが分からなかった。   「だったら、なんでフトゥロスを逃がそうとする……?」    ミキはくすくすと笑う。   「おかしなこと言うね、お兄さん。仲間を助けようとするのに、理由が必要?」   「仲間……?」   「もうすぐ死んじゃうお兄さんにだったら、教えてあげてもいいかな。そうだね、お兄さん達が使うような呼び方をするなら――」    ミキは薄い胸を張ると、宣言するかのように言った。   「――私は、ホモ・フトゥロス 潜入特化型。それとも、ネアンデルターレンシス型って言った方が分かりやすいかな? 十年前から、この日のためにずっと潜入してたんだよ。仲間を解放して、私達が自由を……それに未来を手に入れる、この日のために!」
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