第五幕:その古生物に、未来はあるか

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 驚きのあまり、言葉が出なかった。    ミキ自身が、フトゥロス? どう見てもネアンデルタール人の子供にしか見えない、この少女が?    信じがたい話ではあった。だがそれなら、これほど無防備に立っているにも関わらずヒョウ型やセンザンコウ型が攻撃する素振りを一切見せないことにも説明がつく。    それによく考えてみれば、ホモ・フトゥロスはネアンデルタール人から人為的に進化させた生物なのだ。ならば先祖返りによりネアンデルタール人とよく似た姿を持つ個体を生み出すのは、ヒョウやクマ、センザンコウのような特徴を持つ個体を生み出すよりもむしろ容易(たやす)いくらいなのかもしれない。    しかし理屈ではそう理解できても、実感の方はついてこなかった。   「……それじゃ君は、今回の事件はフトゥロスを利用した陰謀なんかじゃなくて、陰謀だったって言うのか」  それも、十年越しの陰謀ということになる。  俺は今まで、フトゥロスはと思ってきた。だが人質や道具を使い、長期的な計画を立て、更に言葉まで通じるとなれば、もはや人間ではないとも言うのも難しい。ただ単に、姿形が獣というだけだ。ミキに至ってはそれすらも当てはまらない。   「キミじゃなくて、ミキだってば」    ミキはいつぞやと同じように訂正した。今となっては、あの日の出来事が遠い昔のように思えた。   「それに、さっきのお兄さんの言い方は正確じゃないかな。今回の事件、全部が全部私達の計画ってわけじゃないからね。そもそも最初に陰謀を仕組んだのは、お兄さんが考えてた通り輪読会の反プランA派の奴らだよ。私達はその計画に便乗したってところかな」 「ミキ、その男はどうもおかしい」  後方に控えているヒョウ型がふいに口を挟んだ。 「お前も喋れたのかよ……。もうなんでもありになってきたな」  もはやこの程度のことでは驚かない――と言いたいところだが、獣にしか見えないヒョウ型が人語を操る姿には、やはり度肝を抜かれた。 「あなた方は私が喋るのを聞くと皆そうやって驚きますね。私達もまたヒトなのだから、喋れてもおかしくはないでしょうに。もっとも、あなた方と同じ言語を使える者はそう多くはありませんが。それよりも、おかしいのはあなたの方ですよ。なぜサピエンスのあなたが、『フトゥロス』や『輪読会』などといった言葉を知っているのです? それらの情報は、サピエンスに対しては厳重に隠されていたはずです」 「あれ? そういえばそうだね。サピエンスのお兄さん、なんでそんなこと知ってるの?」 「ユーレイ社長から聞き出したんだよ」    隠す必要も無いと思い、正直に答える。   「この世界の現生人類は実はネアンデルタール人だってこととか、俺達サピエンスや君達フトゥロスが作られた理由とか、普賢のこととか、そのあたりを全部ね」 「ユーレイに会ったの……? それじゃもしかして、普賢の近くで銃を撃ってたのってお兄さん?」    リノティタンと戦った時のことを言っているのだろうか。   「確かにあのあたりで銃は使ったけど……それが何か?」   「べつに。ただ、お兄さんがそういうことをしなかったら、私が銃声に気を取られて普賢のところに戻るのが遅れるなんてこともなかったし、小さなお友達が殺される前に助けることもできたかもしれないってだけ」    小さなお友達というのはなんのことかと考え、すぐに思い至る。普賢のところで死骸を見た、あの奇妙な小動物だろう。妙にヒトの面影があると思ったが、あれもフトゥロスの一形態だったか。   「まあでも、過ぎたことは今はいいや。それよりもさ、サピエンスのお兄さん」  ミキはそこで、不敵な笑みを浮かべた。そして、こう続けた。 「私達と組んで、ネアンデルターレンシス達を倒さない?」   「俺と君達が、手を組む?」   「そう。私達は、ネアンデルターレンシスのエゴで作り出され、管理されてきた被害者同士。私達の間で殺し合うよりも、手を取り合ってともに戦う方が自然じゃないかな。自分勝手なネアンデルターレンシス達を倒して、自由と未来を手に入れるために。そう思わない?」  俺はミキの顔をじっと見つめた。    観察すればするほどに、ネアンデルタール人の子供そのものだ。実はフトゥロスなのだと教えられた今でも、やはりそう思う。  しかしネアンデルタール人そのものであるだけに、表情も読みやすかった。今の誘いがヒョウ型の方からのものだったら、俺も表情からその真意を読み取ることはできなかったかもしれない。 「……その誘い、もし本気で言ってたんだとしたら、選択肢の一つとして考えてみる価値はあったかもしれないな。だけど、言ってる当人がまるで本気じゃない誘いには乗れない」  真意を見抜かれても、ミキはまるで悪びれる様子を見せなかった。 「ざーんねん。利用するだけ利用してポイするのも良いかなと思ってたんだけど」 「そういう魂胆だろうと思ったよ」   「仕方ないじゃん。私達フトゥロスとお兄さん達サピエンスは、お互いに真逆の未来を生きるものとして作られた生物なんだからさ。同じ未来に共存はできないよ。もしネアンデルターレンシスを倒すためにここで手を組んだとしても、最後はどちらの未来に進むかをかけて戦うことになるし、その時にはきっと、サピエンスはネアンデルターレンシス以上に厄介な敵になる。だったら、早めにいなくなってもらった方が良い」  ミキが言った通りのことを、まさに俺も考えていた。    本来の歴史には存在しないホモ・フトゥロスが未来を手に入れるためには、歴史の復元力が働かなくなるほど十分に本来の歴史から離れる必要がある。しかし本来の歴史における現生人類である俺達ホモ・サピエンスが生き残っている限り、そうはならない。    ユーレイ社長は言っていた。プランBを採用した場合には、ネアンデルタール人をそのまま残すことはできず、全員をホモ・フトゥロスに改変する必要があると。なぜなら、ネアンデルタール人はホモ・サピエンスに近い影響を世界に与えるため、その存在がある限り本来の歴史から十分に離れられないからだ。  ならば、ホモ・サピエンスそのものとなればなおさらだ。    心情的には、ミキ達フトゥロスへの同情や共感もある。  だがそれでも、俺達はどうしようもなく互いに相容れない存在なのだ。 「この島が沈むことになったのは私達にとっても予想外の事態なんだけど、ここでサピエンスを絶滅させておけるのなら、結果的には案外良かったのかもね。それじゃあ、サピエンスのお兄さん。悪いけど、ここで死んで」  ミキがそう言い終えると同時に、間近に立つセンザンコウ型が丸太のように太い腕を振り上げた。
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