第五幕:その古生物に、未来はあるか

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「なっ、なんなのこいつ……!?」  呆然としているのは俺だけではなかった。大型化したティラノサウルスを初めて見るであろうミキが受けた衝撃は、むしろ俺以上に大きかっただろう。    一方、ミキの傍にいたヒョウ型の判断は速かった。呆けたように目を見開いているミキの襟首をくわえ上げると、すぐさま破壊された車両内から飛び出し、ティラノサウルスから距離をとった。  センザンコウ型を呑み込んだティラノサウルスが、その動きに反応して顔をそちらへと向ける。  しかしティラノサウルスが逃げたミキ達を追おうとするよりも早く、他の車両からヒョウ型五頭がわらわらと外に飛び出してきた。  防御に特化したセンザンコウ型の装甲ですら無意味であることを知って、相手の攻撃を避けることを中心に考えた布陣で挑むつもりなのだろう。    ヒョウ型がティラノサウルスを挑発するように盛んに鳴きながら走り回る。その動きにつられるようにティラノサウルスの巨大な頭部が降りてくるが、ヒョウ型の動きが素早すぎて捕まえることができない。  恐らくは初めて見るであろう大型肉食恐竜を相手にすぐ対応できるあたり、フトゥロスもさすがだった。  フトゥロス達とティラノサウルス、双方の注意が俺達から逸れたこの機を逃さず、俺はパックを抱えて壊れた車体から脱出した。そして、線路への侵入を防ぐための壁と車体の間の隙間に身を隠しながら様子をうかがう。  ティラノサウルスがヒョウ型の一頭に気を取られている隙に、他のヒョウ型四頭が足もとに殺到して鋭い鉤爪で切りつける。しかしここから見る限り傷がついたようには見えず、またティラノサウルスが苦痛を感じている様子もなかった。  同じ肉食恐竜でも、ティラノサウルスはヴェロキラプトルなどとは違い全身が柔らかな羽毛ではなく硬い鱗で覆われている。その上、交配相手や縄張りをめぐる仲間同士の争いに耐えられるよう皮膚も厚くなっている。スピードに特化するため体が軽量化されているヒョウ型の攻撃では、その厚い皮膚を破れないようだった。  しかしその一方で、ティラノサウルスの方も高速で動き回るヒョウ型をまったく捕えられずにいる。攻撃が大ぶりすぎる上に、ヒョウ型は一頭が追われていればすかさず別の一頭がティラノサウルスの眼前を別方向に動くといった行動をとり、相手の気を散らせて一頭に狙いを定められないようにしているのだ。  ヒョウ型のこの素早さがあれば、前方に立ち塞がるティラノサウルスをすり抜け、線路の先にある目的地を目指すこともできるはずだ。  しかしその場合、足の遅いセンザンコウ型はもちろん、瞬発力はあれど長距離を走るのは苦手なクマ型もティラノサウルスから逃げ切れない可能性がある。  フトゥロスの強みが異なる特徴を持つタイプで互いの弱点を補い合える点にある以上、連中としてはヒョウ型だけの群れになるのは避けたいところなのだろう。    線路の両側は防音と侵入防止のための壁が張り巡らせてあるため、いったん線路外に出てティラノサウルスを迂回することも不可能だ。  線路両脇の壁が途切れている踏切まで引き返してそこから線路外に出るという手もあるが、どれだけ引き返せば良いのかも分からない。加えて、そうした場合、ティラノサウルスは間違いなく追ってくるだろうから、センザンコウ型やクマ型はやはりやられてしまうことになる。  そうした点を踏まえれば、今ここでティラノサウルスを無力化しておこうというのは、フトゥロス達にとっては妥当な選択と言って良い。  そのフトゥロスとティラノサウルスの戦いは、一見すると膠着状態に陥っているかのように見えた。  フトゥロス側は戦闘に参加しているのが軽量のヒョウ型だけであるため、攻撃を当ててもダメージを与えられていない。逆にティラノサウルスの側は素早いヒョウ型に攻撃を当てることができていない。    フトゥロスが島外へ脱走するのを防ぎたい俺としては、ここでティラノサウルスができるだけ多くのフトゥロスを仕留めてくれた方が助かる。  そこまでいかなくとも、このまま膠着状態が続いて時間が稼げるだけでも御の字だ。    そう考えると同時に俺は、そう都合良くは進まないであろうことも予期していた。
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