第五幕:その古生物に、未来はあるか

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 ティラノサウルスとの戦いに参加していないクマ型三頭とセンザンコウ型三頭、ヒョウ型六頭、それにミキは、少し離れたところから戦いの様子をうかがっている。  そのうちのクマ型一頭が、不意にティラノサウルスに向けて走り出した。    短距離であれば、クマ型もかなりの速さで走ることができる。周囲を跳ね回るヒョウ型に翻弄されていたこともあり、ティラノサウルスは突進してくるクマ型への対処が遅れた。ティラノサウルスの足もとにまでたどり着いたクマ型が、ティラノサウルスの左脚に牙を食い込ませた。    攻撃特化型とも呼ばれるクマ型の顎は、ヒョウ型とは比べものにならないくらい強力だ。ヒョウ型の攻撃はものともしなかったティラノサウルスが、苦悶の声をあげる。その脚から血がだらだらと流れ出しているのが、俺の位置からでも見えた。  だが、クマ型のターンはそこまでだった。  怒りの雄叫びをあげ、ティラノサウルスがクマ型の後ろ足に食らいつく。周囲のヒョウ型達はティラノサウルスの注意を自分達に引きつけようとしたが、無駄だった。ティラノサウルスの脚にしっかりと牙をたてていたクマ型には咄嗟に離脱することなどできず、そのまま空中に持ち上げられる。そして次の瞬間、クマ型はいきおいよく地面に叩きつけられ、肉塊となった。  まだクマ型は二頭残っているから、フトゥロス側は同じ手を使って最低あと二回はティラノサウルスにダメージを与えることが可能だろう。しかし一回の攻撃につきクマ型一頭を消耗していくようなコストパフォーマンスの悪いやり方では、ティラノサウルスを倒すまでには至らないはずだ。    このまま、もう一度膠着状態になってくれ。    俺は、そう祈る。  だが、その祈りは通じなかった。  フトゥロス達は、最初と同じヒョウ型のみの布陣でティラノサウルスへの攻撃を再開した。  しかし今度は、ヒョウ型の攻撃がティラノサウルスに対してまったくダメージを与えられなかった先ほどまでとは状況が違った。  クマ型の攻撃によりティラノサウルスの脚につけられた傷口、そこは厚い皮膚が破られ、肉が露出している。ヒョウ型達は、その傷口を狙って攻撃をし始めたのだ。  ティラノサウルスがヒョウ型に攻撃を当てられないのは相変わらずなのに、ヒョウ型の方の攻撃は、一撃一撃は軽くとも、今度はティラノサウルスに対し着々とダメージを与えている。    アフリカゾウをも上回る体重を二本の脚だけで支えているティラノサウルスは、脚一本あたりにかかる負荷が大きい。じっと立っているだけならまだしも、歩く時には必然的に片脚を持ち上げる瞬間が発生し、その間はもう片方の脚一本だけで全体重を受け止めなければならない。  つまりこのまま脚への攻撃を受け続け、その傷が片脚で体重を支えきれないほどになれば、ティラノサウルスは歩くことができなくなる。そしていずれは、立っていることすら不可能になるだろう。  やはり、こうなってしまったか。    こうなることは、半ば予期していた。  フトゥロスはあんな外見でもヒトの一種だ。相手の動きや能力を学習し、膠着状態を打破する術を思いつくのはティラノサウルスよりもフトゥロスの方が早いだろうと予想はしていたのだ。それでも班長達の援軍が来るまでは保ってくれないかと思っていたのだが、このままだとそうもいかないようだ。  こうなった以上は、ティラノサウルスが倒されてしまう前に、攻撃をしかけているヒョウ型達を俺の方でどうにかする必要がある。  しかし対物ライフルをビルの屋上に置いてきて、更にアサルトライフルもどこかに行ってしまった今、手持ちの武器は拳銃とトウガラシスプレーの二つしかない。殺傷能力のある武器に限定すれば、拳銃一丁という実に心許ない装備だ。  とはいえ、カウフマン研究統括部長の話では、ヒョウ型なら拳銃弾でも倒せるということになっていたはずだ。まだ希望はある。  俺はパックをその場に横たえると、破壊された車体の陰から、ティラノサウルスの周囲を駆け回るヒョウ型に狙いをつけた。  いや、つけようとした、と言った方が正しい。実際には、狙いなどつけられなかったのだから。  なにしろヒョウ型達は、ティラノサウルスの攻撃を避けるため常に高速で動き回り続けている。狭いライナーの車両内で戦っていた先ほどまでとは違い外に出ているため、その動きは縦横無尽だ。これでは、ヒョウ型を撃とうとしたところで、逆に流れ弾をティラノサウルスに当ててしまうのがオチだろう。  拳銃弾程度では皮膚の厚いティラノサウルスに大したダメージは無いだろうが、怒りの矛先がこちらに向いてしまうとまずい。あのティラノサウルスには、人間の臭いとティラノサウルスが嫌がる味をつけた人形を使って『人間は不味い』と学習させてあるから、俺を食べようとはしてこないだろう。しかしそれでも、怒らせてしまったら踏み潰そうとはしてくるかもしれない。  最悪、ティラノサウルスとフトゥロスの両方から襲われるという可能性もあるのだ。うかつに銃は使えない。    しかし銃以外となると、今の手持ちはトウガラシスプレーくらいだ。  危険古生物対策課で支給しているトウガラシスプレーはショートフェイスベアのような猛獣を相手に使うことが想定されたものなので、一般に販売されているような護身用のものと比べるとはるかに強力ではある。しかしそうはいっても、しょせんは非致死性の武器だし、ティラノサウルスを避けてヒョウ型だけを狙うのが難しいという点にも変わりは…………いや、待てよ?    そこで俺は気づいた。    そうだ、この場合、ティラノサウルスを避けて攻撃する必要なんて無いのだ。
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