第五幕:その古生物に、未来はあるか

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 俺は安堵の息を吐くと、「こっちです」と言いながら手を振ってみせた。それに気がついたミナ班長が、横転したライナーの合間を縫って駆け寄ってくる。 「良かった、無事だったか……。こっちが片付いて連絡を入れようとしたら、端末が通信できない状態にあるって返ってきたから、どうなったかと思ったが」 「端末が通信できない状態にある? そんなはずは……」  そこまで言って、俺は気づいた。俺が今装着しているのは、イエナオさんからもらった不正端末だ。俺自身の本来の情報端末はリノティタンのせいで壊れたままで、しかもバッテリーが抜いてある。確かに、通信できない状態だ。  俺がそれについて伝えると、班長は珍しく怒るより先に脱力したような表情になった。 「お前……そういう大事なことは、もっと早く言っておけよ……。どれだけ心配したと思ってるんだ」 「すみません」  確かに別行動を取る前に伝えておくべきことだったので、そこは素直に謝っておく。言い訳をさせてもらえれば、あの時の俺は自分達の正体や歴史の復元力、島の沈没など初めて聞く情報をさんざん詰め込まれた後だったので、そこまで気を回す余裕が無かったのだ。 「タグの位置情報表示だと、ついさっきまでここにチャレンジャー達もいたはずだが、一歩遅かったみたいだな」  周囲にいる警備部門の人間達の耳を意識してか、班長は〝チャレンジャー〟というコードネームでフトゥロスを呼んだ。 「というよりは、班長達が来たのを察知して逃げたんでしょうね。こっちの戦況では連中そこまで追い詰められていたわけでもなかったのに、突然撤退しましたから。にしても、あいつらなんで班長達が来るのが分かったんでしょう?」  車の走行音でも聞きつけたのだろうか。フトゥロスは恐らく普通の人間よりも感覚が鋭いだろうから、それもあり得なくはないが。    そこへ、警備部門の現場指揮官らしき男がやって来た。 「線路を逆走していったチャレンジャーとティラノサウルスを追いますか?」 「余力があればそちらにも人員を割きたいところですが、一番に優先すべきは線路外に出てしまったヒョウ型六頭です。あいつらが本土に逃げてしまうと大変なことになる」  その場で手早く相談した結果、戦力を二つに分けることになった。    一方のチームは線路外に出たヒョウ型達を追い、可能であれば仕留める。だが奴らは単に走るのが速いだけでなく、ビルを登ったりといった立体的な移動も得意だ。その上、マップに表示されるタグを見る限り、こちらの追跡を困難にするためかばらばらに分散して逃げているようだった。そうなると、本土へと続く橋に到達する前に奴らを全て仕留めるのは難しいと考えた方が良い。  これを踏まえ、もう一方のチームは奴らの目的地である橋のたもとに防衛線を張る。どちらかと言えば、こちらがメインだ。    橋とは逆方向に逃げていったクマ型とセンザンコウ型、そしてそれらを追っていったティラノサウルスは、ひとまずタグの位置情報を監視しておくに留めることになった。  もちろん、民間人を避難させている区画に近づきそうになった場合はこちらにも対処する必要が出てくるが。  ミナ班長はヒョウ型を追跡する方のチームに、俺は橋のたもとに防衛線を張る方のチームに入ることになった。  警備部門の車両が次々と出発していく中、俺は班長を呼び止めた。 「班長、ちょっと来てくれませんか」  警備部門の者達に聞かれないよう班長を少し離れたところに連れ出すと、俺はミキがフトゥロスだったことを説明した。 「地下で会ったあのベルンシュタインの娘が!? どう見ても私達と同じ人間にしか見えなかったぞ」  当然ながら班長はその話に驚いた。そこまでは別に構わないのだが、大声を出してしまうのはまずかった。  俺は慌てて、班長の口を押さえる。    警備部門の者達は、チャレンジャーがヒトの一種、ホモ・フトゥロスであること自体を知らないのだ。人間にしか見えないチャレンジャーがいるという話を聞かれたら、あの生物はいったい何なのかという点に疑問を持たれかねない。  俺にはフトゥロスを作り出した連中を庇う義理などさらさら無いが、島がまるごと沈むか沈まないかというこの状況で余計な混乱を引き起こしてしまうのはごめんだった。 「その人間にしか見えないという点が厄介です。事情を知らない人達の前で、あいつを他のフトゥロスと同じように射殺するわけにもいきません」 「じゃあ、どうする?」 「警備部門の人達には、ミキのことをフトゥロスを脱走させた人間の仲間だと説明するのが無難でしょうね。そうすれば、射殺は無理でも捕縛する大義名分は立ちます」 「ここで生け捕りにしたところで、どうせ輪読会の連中は生かしちゃおかないだろうけどな」  班長は憂鬱そうに言った。その感覚は理解できる。ヒョウ型やセンザンコウ型のような他のフトゥロスについても、生物学的にはヒトの一種であると頭では理解できていた。しかしやはり実感としては、あれらを人間とは思えなかったのだ。その主たる理由は、姿形がどう見ても獣であるという一点に尽きる。  だがミキは単に生物種としてヒトであるというだけでなく、姿形も言動も人間そのものだ。しかも、子供である。自分達の手でやるにしろやらないにしろ、いずれあの子が殺されるとあっては気が重くなるのも無理は無い。先ほどミキが当然のように俺を殺させようとするのを経験をしていなければ、俺も今以上に憂鬱な気分になっていたことだろう。 「それにしても、あの子がフトゥロスか……。ベルンシュタインがメインコントロールルームを占拠してサイトBのフトゥロスを逃がしたのもそれが理由か?」  メインコントロールルームを占拠したのがアルベルト・ベルンシュタインであること、そしてメインコントロールルームの奪還には成功したものの、残念ながらベルンシュタイン当人は取り逃がしてしまったことは、先ほど警備部門も交えて相談した際に聞いていた。ミキ達が急に撤退を決めたのも、ベルンシュタインからの連絡でミナ班長達がこちらに向かっていることを知らされたからなのかもしれない。 「というかですね、娘がフトゥロスとなると、父親であるアルベルト・ベルンシュタインの方はどうなるんです? あいつもネアンデルターレンシス型のフトゥロスなんでしょうか?」 「年齢的にそれは考えづらいな。あの男が生まれた時期には、まだフトゥロスは作られていなかったはずだ」 「となると、親子とは言っても実は血は繋がっていない?」 「ちょっと待ってくれ。母ならそのあたりの事情を知っているかもしれない」  班長は情報端末で通話を始めた。何度かのやりとりのうち通話を終えた班長が最初に口にしたのは、「お前の予想通りだ」という言葉だった。 「ベルンシュタインとあの娘の間に血の繋がりは無い。なんでも、十年前のフトゥロス脱走事件の際に、脱走したフトゥロスに殺された夫婦の子供をベルンシュタインが引き取ったということらしい」 「じゃあその時にすり替えられたんでしょうね。その家に侵入したフトゥロスはきっと、夫婦だけじゃなくその家の子供も殺したんでしょう。で、代わりにネアンデルターレンシス型である自分達の子供を置いておいた。本当のその家の子供は、フトゥロスが残さず食べてしまえばすり替えの証拠は残らない。当時まだ赤ん坊だったのなら、本来のその家の子供とすり替えられたネアンデルターレンシス型のフトゥロスを他人が見分けるのは難しかったでしょうし」  赤ん坊が食べられたという話を聞いて、班長の顔色が青くなった。 「ベルンシュタインの奴は、そのことを知っているのか? フトゥロスだと知った上でその子供を育て、今回の脱走に協力した?」 「そこは何とも言えませんね。何も知らされず良いように使われているだけという可能性もあるかとは思います」  思い出されるのは、『利用するだけ利用してポイするのも良いかなと思ってたんだけど』というミキの言葉だった。    アルベルト・ベルンシュタインは、この事件の裏側をどこまで知っているのだろう?   その行動は彼自身の意思によるものか、それとも彼にとっても不本意なものなのか。    そして逃走した今、どこで何をしているのだろうか……?
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