第五幕:その古生物に、未来はあるか

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 体が元通り動くようになったのを確認すると、銃を拾って橋へと向かう。    橋の路面には、点々と血の跡が続いていた。カイセイがヒョウ型の一頭につけた傷から、滴り落ちたものだろう。  その血の跡を追うように走る。本来なら、人間の足でヒョウ型になど追いつけるはずもない。しかし今、相手は一頭が足に怪我を負っている上に、人間の子供並みにしか走れないミキも連れている。追いつける公算はあった。    その見込みは当たっていたようで、やがてホモ・フトゥロス達の背中が見えてきた。  最初にビルでヒョウ型と戦った時は苦戦したが、今は逃げる相手を後ろから撃つだけだ。    まずは無傷の方のヒョウ型を狙って銃弾を放つ。だが足音で追ってくる俺に気づいたのか、ヒョウ型は素早い動きで銃弾をかわした。そればかりか、踵を返すとこちらに向かって突進してくる。相手が俺一人くらいなら、逃げ続けるよりもこの場で返り討ちにした方が良いと判断したのだろう。    突進してくるヒョウ型に向かって銃を乱射するが、相手は機敏に避けながらどんどん近づいてくる。接近戦に持ち込まれたら勝ち目は薄い。    とっさにトウガラシスプレーを自分とヒョウ型の間に投げつけた。  ヒョウ型は転がってくるスプレー缶に気がつくと、慌てて後ろに飛び退く。スプレー缶が破裂して仲間が苦痛にのたうち回り、そこをティラノサウルスに捕食されていった光景を思い出したのだろう。    だが、ここで相手にとっての正解は、むしろそのまま俺に向かって走り続けることだった。    当たり前だが、スプレー缶は手榴弾とは違い、投げただけでは破裂しない。中身を噴出させるためには銃で撃つなりなんなりして孔を穿つ必要がある。  そしてヒョウ型が全速力でこちらに向かっていれば、投げたスプレー缶に俺が狙いをつけて撃つその間に俺のもとへとたどり着き、皮膚を切り裂くことだってできたはずなのだ。    けれど、今日初めてサイトBの外に出たヒョウ型には、スプレー缶は投げただけでは破裂しないという知識など無かったのだろう。この社会で暮らす人間であれば当たり前のように持っている知識の有無が、勝敗を左右することになったのだ。  ヒョウ型が大きく後ろに飛び退いたその隙を狙って、すかさず銃を連射する。弾丸はヒョウ型の肩と脇腹を貫いた。しかしヒョウ型は血を滴らせながらもなお、こちらへと真っ直ぐに向かって来る。もはや自分は助からないと悟り、仲間だけでも逃がそうと捨て身になっているのか。    もう距離が無い。ヒョウ型が牙を剥き、俺の喉元に食らいつこうと飛びかかってきた。その牙を、喉を守るように構えた腕で受け止める。    いくら厚手かつ丈夫な生地で作られた制服とはいえ、決死の覚悟で食らいついてきたヒョウ型の牙を防ぎきることなどできはしない。だが、その牙が生地を貫くまでに、わずかな時間を稼ぐことはできた。    そのわずかな時間のうちに、ヒョウ型の頭を横合いから思い切り銃身で殴りつける。    相手の攻撃は受けずに回避することを前提とした軽量のヒョウ型は、頭蓋骨もそこまで頑丈ではない。金属の銃身で殴りつけられた衝撃でふらついたところを、更にもう二、三発殴りつけると、ヒョウ型は動かなくなった。  息を整えながら、地に横たわったヒョウ型の体を見下ろす。そして念のため、その脳天に銃弾を一発撃ち込んだ。  残るフトゥロスは二頭のみ。  一頭は手負いのヒョウ型。そして、もう一は潜入特化型――つまり、ミキだ。
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