第五幕:その古生物に、未来はあるか

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 背後からの銃撃で俺を邪魔した男は、俺が何かするまでもなく既に息絶える寸前のように見えた。  それでもなお、その手に握った銃はこちらを向いている。    が、その銃はすぐに男の手から滑り落ち、路面にぶつかってかしゃんと音をたてた。その後を追うように男自身も膝をつき、そのまま倒れそうになったところを腕をついてかろうじて体を支える。  男が咳き込むと、路面に血が飛び散った。  こちらが銃を拾おうと近づいたところで襲いかかるつもりなのかもしれない。  そう懸念した俺は、慎重に近づいてから男の銃を素早く蹴り飛ばし、すぐに後ろへと飛び退く。しかしこれは俺の考えすぎだったようで、ぜえぜえと荒い息を吐く男の顔は、俺が近づいた時も地面に向けられたままだった。 「……馬鹿だな、あんた。いいように利用されてただけだって、もう分かってたはずじゃないか」    俺はこちらを見ようともしないその男――アルベルト・ベルンシュタインに向けて、そう声をかけた。  ベルンシュタインは、返事をしない。俺の言葉が届いているのかどうかすらも、定かではなかった。  武器も取り上げたことだし、この男にはもう何もできないだろう。それよりも今は、海へと逃げてしまったミキ達の方が重要だ。  橋が旋回橋になっていて途中までしか渡れないから、本土へ逃げるのは最初から無理だった――ミキにはそう言ったが、あれは百パーセント事実を述べたというわけではない。半分は、相手の意志を(くじ)くためのブラフだ。  新六甲島から本土まではそれほど距離があるわけではないから、水泳の訓練を受けていない普通の人間には無理でも、身体能力の高いフトゥロスであれば泳ぎ切れる可能性もあったのだ。その可能性に気づかせないために、あえてあんな説明をしたのである。  もっとも、残るフトゥロスはミキと負傷したヒョウ型一頭のみだ。ミキは人間の子供並みの身体能力しかないはずだし、ヒョウ型はカイセイに斬りつけられた傷に加え、俺が撃った銃弾も命中している。特に、銃創の方は当たった位置から考えると致命傷になっている可能性が高い。あのヒョウ型にはもう、本土まで泳ぎきるような体力は残されていないだろう。  そうなると、海に逃げたミキ達が上陸するのはこの島のどこかのはずだ。 「すみません班長、ヒョウ型一頭と潜入特化型一頭を逃がしました! 二頭とも海に飛び込みましたが、負傷などから考えて島のどこかに上がるものと予想されます。至急、上陸可能なポイントを封鎖してください」  あえて、ミキについても『一頭』という言葉を使った。あれは人間ではないと、班長に対して強調するためだ。  ずっと人間社会に紛れ込んで生活していたミキには、他のフトゥロス達とは違ってタグがつけられていないはずだ。もしここで取り逃し、人の少ない旧六甲島地区などに潜伏されてしまったら、捜索は困難なものとなるだろう。だからなんとしても、ここで押さえなくてはならない。    そして現状、捜索に加わっている人間でミキの顔が分かるのは、俺以外だと班長だけなのだ。  だが、もし班長があいつを見つけられたとして、本当にそこでこの戦いに決着がつくのか。あの班長に、それができるのか。 「ああー畜生……!」    俺は悪態をつきながら、片手で頭を掻きむしった。    俺が仕留めておかなければいけなかった。    俺がサピエンスを率いてネアンデルタール人を滅ぼすとはったりを口にし、そして俺を殺して止めるかと問うた時、班長はそれはできないと言った。  間違っているのは自分達の方だから、と。    班長がそんな判断をしてしまう背景には、例の〝許婚〟の件もあるのだろう。班長はそれについて語るのを避けていたが、『サピエンスの許婚が』という過去形の言い方や翼竜事件でベルンシュタインと出会った時の反応などから考えると、恐らくそのサピエンスは第ゼロ班により殺されたのだ。そしてそのことはきっと、今も班長にとって心の傷になっている。    そんな班長には、きっと無理なのだ。自分の手で殺すことはもちろん、生け捕りにしたところでどうせ殺されると分かっている以上、捕えることすらできないだろう。    だから、俺がやっておかなくてはいけなかった。  いや、違う。俺がやらなければいけない。今からでも、遅くはない。    ミキはともかく、ヒョウ型の方はタグにより位置が分かる。そして同じ海流に乗ったと考えれば、ミキとヒョウ型はそう離れていない位置に漂着するはずだ。だからまずはヒョウ型の位置を確認し、それからその周辺を―― 「あーあ、もう終わっちゃったかー」  俺の思考は、間延びした声によって中断させられた。そちらに目を向けた俺の頭を最初によぎったのは『今さらお出ましか……』という思いだった。それは、もっと早く来てくれていればこんなに苦戦しなくて済んだのにという勝手な期待の裏返しかもしれない。  しかし俺はすぐに、こいつもミキの顔を知っていたなと思い直す。 「いや、まだ終わりじゃないぞ。海に逃げた奴が二頭いて――」 「やー、あいつらはもう終わりっしょー。ヒョウ型はどう見ても致命傷だったし、あとは一人じゃ戦えない子だけじゃん。ネアンデルタール人が支配するこの世界をぶち壊して自由な未来を手に入れるぜーみたいな威勢の良いこと言っといて、こんなもんかー。まー元々あんまり期待してなかったけどねー」 「お前、何言って……」  思いがそのまま口から出た。相手が何を言っているのか、理解できなかった。  いや、理解することを頭が拒否したと言った方が、正確かもしれない。    呆然とする俺をよそに、普段通りの間延びした喋り方でツツジは宣言した。 「やっぱり、ツツジちゃんが自分でやんないとなー」
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