第五幕:その古生物に、未来はあるか

23/31
前へ
/97ページ
次へ
「……どういうことだ?」 「ん? 何が?」 「今のこの世界を支配しているのがネアンデルタール人だと何故知って……いや」  言いかけて、俺はその答えが明白であることに気づく。 「フトゥロスから聞いたのか」  先ほどの『ネアンデルタール人が支配するこの世界をぶち壊して自由な未来を手に入れるぜーみたいな威勢の良いこと言っといて、こんなもんかー』という発言からすると、そうとしか考えられない。    そういえばツツジは、地下空間に逃げ込んだヒョウ型を追って単独行動をしていた。追っていたヒョウ型が例の人語を喋る個体だったとすれば、話を聞いたのもその時だろう。  あのヒョウ型は『あなたは私が喋るのを聞くとそうやって驚きますね』と俺以外の人間とも会話したことをほのめかしていたが、あれはベルンシュタインではなくツツジのことを言っていたのかもしれない。 「そうそう。いやー、さすがのツツジちゃんもあいつが喋った時にはびっくりしたよー」 「〝本国人〟が実はネアンデルタール人で、〝島民〟はRRE法で復活させらえた古生物のホモ・サピエンスだなんて話、よく信じる気になれたな?」 「別ルートで同じ話を聞いてたからねー。それに私達が古生物用のタグで監視されてたことは、だいぶ前から知ってたんだよ」  そんな話は初耳だった。 「なんでそんなこと知ってたんだ?」 「ハルツキ君は、私が研修生の時に一人でクマと戦った話は知ってるよね?」 「当時の第一班を全滅させたショートフェイスベアを一人で仕留めたってやつか」 「そうそう、それそれ。あの時さー、クマを倒した後で、襲われた人の中にまだ生きてる人いないかなーって確認したんだよねー。まあみんなぐちゃぐちゃになっててどう見ても駄目だったんだけど、でもその時に私、見つけちゃったんだよね。その時の第一班の人のお腹にタグが入れられてたのをさ」 「クマが腹を引き裂いてたおかげで、その内側に埋め込まれてたタグが見えたってわけか」  ツツジはうなずく。 「そういうことだねー。見た時、すぐに古生物の監視に使われてるのと同じやつだって気づいたよ。で、こんなのが埋め込まれてるのはこの人だけなのかなっていうのが気になって、他の人達の死体も調べてみたんだよね。そしたらさー、みんな同じとこにタグが埋め込まれてたってわけ。まあその時は、私達がヒトウドンコ病の保菌者だから勝手に島の外に逃げ出さないように監視されてるのかなって思ったんだけどさ。でもそんな話一度も聞いたことないし、NInGenの偉い人達はなにか隠してそうだなーって思って。調」 「なっ!? イエナオさんだけじゃなくて、お前まで猛虎班だったのか!?」  しかも『作った』という言い方からすると、ツツジは単なる一構成員ではなく創設者ということになる。第ゼロ班がイエナオさんを『猛虎班の幹部』と呼んでいたことから考えて、イエナオさんはあくまでも幹部止まりで首領は別にいるのだろうとは思っていたのだが、まさかその首領がツツジだったとは。 「あー、イエナオさんねー。あの人を引き込んだのは失敗だったなー」  ツツジは溜め息をついた。 「さっき言ったみたいにさー、私は偉い人達がなに隠してんのか調べるだけのつもりだったんだよ。それで、もし私がこの島の外に行ってもヒトウドンコ病を人にうつしちゃうとかそういうことはべつにないって分かったら、遠慮無く出て行けるからさ。でもイエナオさんが本国人憎しでどんどん暴走しだして、おまけに他のメンバーもそっちについてっちゃうしで、もう私の手に負えない感じになっちゃったんだよねー。古代の寄生虫?だかなんだかを蘇らせて私達をその実験台にしてるって話をイエナオさんがどっかから仕入れてきた時も、私の勘だとそれ嘘だと思うってちゃんと言ったのに誰も信じてくれないしさー」 「そりゃ、根拠が勘とか言われたらな……」 「ハルツキ君だったらそこらへんもっとうまくできたんだろうね。やー、やっぱ私、組織とかそういうの向いてないなーって改めて実感したよ。そんなわけで、イエナオさん達が輸送車を襲ったりしたのにも私は関わってないんだけどさ。でもイエナオさん、事件を起こすちょっと前に私にこっそり連絡してきて、教えてくれたんだよね。この島が本当はどういうところで、私達はいったい何なのかをさ」  事件後に俺が見つけた時、イエナオさんは確か『自分達の故郷を取り戻すんだと頑張っている仲間達に真実は話せなかった』と言っていた。だがどうやら、ツツジには伝えていたらしい。  少なくとも名目上はツツジが猛虎班の首領だからということもあるのだろうが、恐らく一番の理由は、ツツジが『自分達の故郷を取り戻すんだと頑張っている』わけではないからだろう。ツツジはこの島を自分達のものにしたかったのではなく、外の世界に行きたかっただけなのだ。  その点では、俺の知るツツジと一貫している。 「最初聞いた時はさ、さすがに私も本当かなー?って思ったんだよ。勘では本当な気がしてたけど、話の内容が内容だからねー。でも地下で会ったヒョウ型が同じこと言ったからさ。あーやっぱり本当だったんだなーって。で、その時にあいつが、自分に協力したらネアンデルタール人の支配体制ぶっ潰して好きなところに行けるようにしてあげるよって言うから、こっそり地下から逃がしてあげたんだよね。まーでも駄目だったからさ――」  ツツジは、唐突にそこで真顔になった。 「だから、私がやらないと」   「いや、私がやらないとって……。ツツジ、お前、何するつもりだ?」    背中を嫌な汗がつたう。  それなりに長い付き合いだが、ツツジのこんな表情を見るのは初めてだ。  そう思ったのだが、ツツジが真顔になっていたのは一瞬のことで、すぐにいつも通りのとぼけた表情に戻った。 「メインコントロールルームを押さえれば、橋を動かして本土と島を繋げられるじゃん? いつもだったら、あの部屋はサピエンスは入れないようにロックがかかってるんだよ。でも、さっきあの部屋を取り返そうとした時、警備部門の人達を突入させるために社長がロックを解除したんだよね。だから今なら私でも入れるってわけだよー」 「いや、でもその警備部門がメインコントロールルームを守ってるはずだろ」  結局そうはならなかったが、ベルンシュタインがメインコントロールルームの再奪取を目論む危険性もあったのだ。フトゥロス掃討に人員の多くを振り向けなくてはならなかったとはいえ、守りに人員を割いていないはずがない。  しかしツツジは平然とした様子でこう答えた。 「それくらい私一人でどうとでもできるって、ハルツキ君だったら分かるでしょ?」  否定できなかった。メインコントロールルームの防衛側によほど腕の立つ人間でもいない限り、生半可な人数ではツツジ一人に容易く蹴散らされてしまうだろう。  しかもツツジは、この島の……いやこの世界の真実を既に知っていて、それを曝露することもできる。すぐに信じる人間は少ないかもしれないが、防衛側の動揺を誘うくらいのことはできるかもしれない。 「……だったら、お前一人ではどうにもならない話をしよう。お前がそんなことをしたら、新六甲島はまるごと沈没する」 「いや、意味わかんないんだけど。なに言ってるの、ハルツキ君?」  やはりこの話はまだ聞いていなかったらしい。  俺はジーランディアシステムについてかいつまんで説明した。  「うーん、参ったなー、さすがにそれは予想してなかったなー」  どの程度危機感を覚えているのか、口調がどこか暢気なせいで判断がつかない。 「そういうわけだから、ここは大人しく退いてくれ。猛虎班のこととかフトゥロスに協力してたこととかは黙っといてやるから」  さすがに島がまるごと沈没する話をしたら聞き入れてくれるだろう。俺はそう思っていた。  だが、甘かった。 「悪いけどさー、私ももう後には引けないんだよね。あの喋るヒョウ型を地下の出入り口の一つから逃がしてやる時にさ、そこの見張りをボコって縛り上げちゃったんだよねー。もうそろそろあの人達が見つかって、私がヒョウ型を逃がしたのがバレちゃう頃だろうし」   「そのくらいのことなら、俺が上と交渉してなんとかする」    そのくらいとは言ったが、簡単に無罪放免できるような話ではないだろう。しかしここで俺が島の沈没を止めプランAを救えば、NInGen社を実質的に仕切っているカウフマン研究統括部長も俺の意見を無碍には出来なくなるはずだ。少なくとも、力づくでツツジを止めるのと比べれば難易度は遙かにマシだと言って良い。    頼むから、ここで退いてくれ。    俺はそう祈った。だが、その祈りは届かなかった。  次にツツジの口から出たのは、こんな言葉だったのだ。   「優しいなー、ハルツキ君は。でもさ、その問題が無かったとしても、どっちにしろ私はもう引き返すつもりなんて無いんだよ」 「何でだよ!?」 「ハルツキ君はさ、私がずっと島の外に出てみたいって思ってたこと、知ってるよね? そんなに遠くない将来、ヒトウドンコ病ワクチンが世界中に行き渡ったら、私もきっと外の世界をこの目で見られる――それがずっと、私の希望だったんだよ。でも、私達がこの島に隔離されているのがヒトウドンコ病の保菌者だからじゃなくて、古生物だからだっていうなら……それって、私達は、ずっとここから出られないってことにならない?」 「そうとは限らないだろ。もともと俺達は、本国人――ネアンデルタール人達の社会にホモ・サピエンスを取り込むために作られたんだ。だったらそのうち、外の社会にだって――」 「いつになるのさ、それ! 私が生きてるうちとは限らないじゃん!」  唐突に、泣きそうな声でツツジが絶叫する。普段そんな風に激情を表に出す様子を見たことが無かっただけに、俺も動揺して咄嗟に言葉が出てこなかった。 「ずっとここに閉じ込められて、私達の遺伝子を取り込むためみたいな理由でネアンデルタール人との子供を産む役目だけ押しつけられたりして、それで外の世界に出ることもできないまま、一生過ごすの? そんな人生、私はごめんだよ」
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加