戦場の恐怖

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 ゴーグルを付けてスイッチをONにすると、目の前に火星の全体像が現れ、下に本部からの命令文のテロップが流れた。  今回は火星のドーム都市に侵入したエイリアンを、我々XG精鋭部隊が駆逐するという設定だ。  ゴーグルを付けた頭を上下左右に動かすと、それに合わせて、風景が違和感なく動く。  左右にはメインストリートの両側にある、所々破壊されたオフィスビルやレストランやコンビニ、上には火星の赤茶けた空、下を見ると穴ぼこだらけのアスファルト……どれもリアルだった。  まったく最近のバーチャルリアリティーシステムには恐れ入る。  「おい、リック! 俺のじゃまをするなよ!!」  僕の隣にいたベラスケスが前に出てきた。これまでに敵を991匹も倒してきた強者だ。  「わかってるよ、ベラスケス! 僕は君のおこぼれでももらうよ」  「それでいい!」  すると、僕達の会話に隊長の声が割って入った。  「腰抜けリック! そんな消極的でどうする! だからお前はダメなんだ! 今月の給料は、全部、没収するぞ!!」  「す、すみません!」  「全員聞け!! 敵はこの街の至る所に隠れている。油断するなよ!」  「ラジャー(了解)!!」    センサーがエイリアンを探知した。200mほど先のオフィスビルに20~30匹くらい隠れている。   「こちらXG隊。デリバリーを頼む。座標は……」  隊長が本隊に連絡して数分後、SF映画で見たことのある宇宙戦闘機がやって来て、例のビル目がけてミサイルを発射した。一瞬のうちに破壊されるビル。  生き残ったエイリアンが逃げ出してきた。見た目は映画で見たことにある、あの凶暴そうなエイリアンそのもの。きっとゲーム会社が多額のパテント料を払っているんだろう。  高性能自動小銃で狙いをつけて、撃ちまくる。エイリアンも腕に取り付けている兵器から、特殊な銃弾を放つが、狙いが定まっていないのでまるで当たらない。  次々と倒れるエイリアン。その度に、ゴーグル内のモニターの下にあるカウンターの数字が増えて行く。  今、789匹。でも、ベラスケスには遠く及ばない。  「こちら隊長だ。センサーによると、あのビルの地下に、モンスターがいるようだ。仕留めるぞ!」  モンスターは大きさが通常のエイリアンの倍ぐらいある、エイリアンどもの親玉だ。  長い間、我々が行方を探してきた。もし、仕留めれば、多額のボーナスの他に、名誉勲章ももらえるし、大統領からディナーに招待され、僕は世界中から英雄扱いされる。  ――よし、今日で『腰抜けリック』も終了だ!  「ベラスケス、援護してくれ!!」  僕は道路へ飛び出して、自動小銃を撃ちながら、モンスターのいるビルへ駆けて行った。  「おいリック! 無茶するな!」  ベラスケスが叫ぶが、僕は構わず撃ちながら走る。弾は面白いほどエイリアンに当たり、ゴーグル内のカウンターの数字が目まぐるしく変わる。  ビルに到着すると、瓦礫の先にモンスターが数匹のエイリアンに守られて、脱出していくのが見えた。  ――もらった!  僕はスコープで照準をモンスターの頭に合わせた。後は引き金を引くだけだ。  その時、頭に何かが当たった。いや、貫いたらしい。  意識が急速に遠のいていく。目の前に『GAME OVER』の文字が点滅している……。  ベラスケスがリックを物陰に運んだ時には、すでにリックは息が絶えていた。  遺体からゴーグルを外すと、額のど真ん中を撃ち抜かれていた。即死だっただろう。  ゴーグル内のモニターには血しぶきが張り付いていて、まだ『GAME OVER』の文字が点滅していた。外ではゲリラの司令官が逃亡した後も、彼らの激しい反撃が続いている。  ベラスケスと隊長は、その場にくぎ付けとなった。二人とも死を感じ始めていた。    これはゲームではなく、現実の世界だ。  今回導入された『現状変更型仮想現実システム』は、兵士が戦場で体験する恐怖感を、大幅に軽減するためのものだった。  ゴーグルを通して見る戦場は、火星のドーム都市、木星の衛星のエウロパの軍事基地、怪物が暴れまくる地底都市などに変換されて、敵兵はみんなエイリアンや怪物に、味方の戦闘機はSF映画に出て来るような奇抜な形に変わる。  また、倒した敵の数はゴーグル内のカウンターに表示され、ある一定の数以上になると、ボーナスとして、実際に大金が支払われるのだ。  だが、いくら見た目がゲームの世界でも、現実は本物の戦場なので、弾が当たれば当然、死ぬ。  ベラスケスが隊長に訊く。  「隊長、この機械、外していいっスか?」  「なぜだ?」  「これを付けていると、本物の戦場にいる気がしないんです。俺もリックのように、無茶なことも平気でやりそうな気がして。これじゃあ、命が幾つあっても足りやしねえです」                                   (了)
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