5人が本棚に入れています
本棚に追加
ふと、思ったより時間が経っていることに気づき、哲也は驚いた。
「やべ、そろそろ帰んないと」
「えー、もう?」
「明日も仕事だって言ったろ。お前そんなベロベロなんだから、明日仕事になんなくても知らんぞ」
「冷たいな~、もうちょっと付き合えよ~」
そう言いながら、涼太はテーブルの上に腕を投げ出して顔を突っ伏した。
これは、動かないという意志の表れか。
「寝るなよ」
「だーいじょうぶ、寝ないって」
どの口が言っているのか、それはもう信用に足らない言葉だ。
きっとあと数分もすれば、涼太から静かな寝息が聞こえてくるだろう。
ちょうど今、夢か現か曖昧になっていると、哲也はわかっていた。
「・・・そういえば、彼女元気か」
店内の音にかき消されてもよかった。
会話をするつもりはなかった。でも、
「元気なんじゃない?最近忙しくてあんまり連絡してないけど」
返ってきた声に、哲也は驚いた。
体勢は変わらないままで、どんな顔をしているかまではわからないけれど。
「またそれか。怒らせてフラれるパターンだろ」
「うーん、どうだろう」
「でもその割には、今までで一番続いてるか?いつ紹介してくれるんだよ」
「・・・うん、そのうち・・・」
言葉が途切れて、予想通り涼太は眠りに落ちた。
少し体を動かしてのぞき込むと、穏やかな顔をしていた。
今日も十分に吐き出せた証拠か、呼吸に合わせて微かに肩が上下に揺れている。
でも、哲也にとっては毎回のように、この時間が一番穏やかではいられなかった。
「・・・相変わらず、嘘つきだな」
哲也の寂しげに呟いた声は、当然のように周りの音に紛れて消えた。
嘘をつかせている理由を思うと、深くて重いため息がこぼれる。
そうあることを自分で選んだはずだった。
なのに、まるでそんなことは忘れてしまったかのように。
左手の薬指にはめられた約束の光を、哲也は恨めしく思うのだ。
最初のコメントを投稿しよう!