あの熱い夏の夜

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 車に備え付けている懐中電灯を片手に草を踏み歩くと、ぼろぼろになった神社が現れる。近くに立つ石碑には神社の名前が刻まれているのだろうけど、蔦に巻かれて1番上の『伊』の字が辛うじて読めるくらいだ。とうの昔に訪れるものも無くなったのだろう。屋根の一部は崩れ、木の壁はところどころ大きく穴が空き、社の内側が見えていた。その内側は既に半ば藪と化していて、古く壊れた畳を突き破って竹が生えていた。欄干も落ち、外回廊にも穴が空いている。 「ずいぶん古そうで、危なそうだな」 「そうだね、中に入ると危険かも」  それでもせっかく来たのだから、と女は賽銭箱の裏の階段をそろりと上り、正面の戸を開け放つ。不意にその奥から乾いた土のような匂いと獣臭い匂いが漂って思わず顔を顰めた。  女が懐中電灯で照らしても奥には何も見えず、ただただ闇が横たわっていた。   「危ないからもう行こうぜ?」 「もうちょっとだけ」  仕方なく女の後をついて社を一周する。思ったほど広くない。おかしいな。さっきはまるで地の底につながるような深くて広い闇を感じたのに。  探検の終着点には社務所があった。古いには古くモルタルがポロポロと剥がれ落ちていたが、建物の形として残っている。女は何の気なしにノブを回すとカチリという音とともにギギィと扉はその奥に開かれた。カビ臭い。雑に振り回される懐中電灯にパイプ椅子と事務机、応接セットが照らされる。ローテーブルに懐中電灯を置く。 「ねぇ」 「悪趣味だぞ」  そうは言いつつも女と闇の中で軽く唇を合わせる。そうすると夏特有の茹だるような蒸し暑さとともにその湿った腔内からは少しばかりの腐りかけた果物のような香りがした。少し怯んだ俺を女はソファに押し倒す。思っていた張りや弾力ではなく湿った土の中にずぶずぶと押し込められるような気持ち悪い感触があり、それに慄き飛びあがろうとして見上げた女の顔は、テーブルに置かれた懐中電灯にちょうど照らされて、やけに美しく且つ恐ろしく映った。
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