あの熱い夏の夜

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「ねぇ、一緒に死んで?」  その声とともにソファの内側がぞわぞわと蠢き出し、体はその隙間に埋もれるように、ずぶりと土の中に沈んだ。意味がわからず頭の中で原因を探る。ここは放置された廃屋。ソファが蟲の巣になっている。まさか。恐怖。思わず女を突き飛ばし、荒い息で逃げ起きた。 「冗談やめろよ」  けれども女は答えなかった。空気の止まった室内に煩いほどの牛蛙と蟲の声だけが響き渡る。 「おい?」  床に倒れた女に触れると妙に湿った感触がして、その後鉄錆のような匂いが漂った。急いで懐中電灯で照らすと女の頭部の黒い床がてらりと濡れている。  ひぃぁ  喉から変な音が出て、思わず社務所から飛び出した。あれは、血? 俺が女を突き飛ばした。どこかに頭を打ちつけた? 手が震えた。俺が殺したのか? でも1番恐ろしかったのは、濡れた床の上で照らされた青白い唇が動いてにやりと笑ったからだ。その顔の歪みが何より恐ろしかった。  けれどそこで少し冷静になる。顔が動いたということは生きているということだ。ほっとした。そうすると、急に不安が湧き起こる。助けないと。介抱しないと。そう思って社務所を振り返ると、カチリという音がした。ノブを回してももう開かなかった。
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