拒食症

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「はい、あーん」  と、いう甘ったるい声。  れんげの上に乗せられた、白くどろどろした何かは、元がなんであろうととてつもない異臭を放っていて、わたしの空っぽの胃袋がナマズのように暴れる。とても食べられない。食べたくない。 「どうしたの? 食べないの?」  だけど、この子の不安げな顔を見ると、どうしても食べないわけにはいかない。わたしは我慢して口を開け、そのどろどろしたお粥を口の中に含んだ。出来るだけ味わわなくていいようにすぐに飲み込む。喉の奥が火傷しそうなほど熱い。痛い。 「よかった。おいしい?」  答えない。  差し出されたもう一口を食べると、口の中の感触と、胃袋の奥からのぼってきたさっきの異臭が混ざり合って……  わたしの内臓が裏返った。  ものすごい勢いで、体の中にあった白いどろどろが吐き出され、ベッドの上に撒き散らかされた。  きゃっ、という悲鳴が響いた。 「だいじょうぶ? あーあ、シーツとか変えてもらわなくちゃ。看護士さん呼んでくるね」  わたしは気分が悪くてそれどころじゃない。それからシーツを取り替えてもらうまで、わたしはぼーっとして過ごしていた。頭痛が激しすぎて、逆に脳が痛みを遮断しているかのようだ。きれいなシーツとベッドに寝かされたわたしの顔を、あの子が覗き込んでいた。 「ごめんね。お粥が熱かったかな? ちゃんと冷ましたはずなんだけど」 「ううん、だいじょうぶ」  まだ胃が震えていて、それが全身に広がって、わたしはビブラートのかかった変な声になってしまった。 「いつもありがとう」 「変だなあ。美味しいんだけどなあ、このお粥。美味しくなかった? もしかして、隠し味の野菜が良くなかったのかなぁ」  残されたお粥がもったいないとばかりに自分でかき食らう姿を見ていると、とても申し訳ない気持ちになった。わたしはそれが義務であるかのように、最後まで食べ切るのを見届けた。 「はやく良くなってほしいんだよ」  わたしの頭を撫でながら、木々の間を這うヘビのように髪の毛の根元にまで指先を通しながら、わたしに語りかける。 「ずっと食べないでいると身体に毒だよ、ちゃんと食べないと」 「うん」 「なのに、ぜんぜん食べてくれないから、わたし心配だよ。他に何食べてるの? お菓子とか?」 「いや……」 「ほら! 棚の中にお菓子が入ってる。ぶぶー、これは没収です。わたしの夜食にしちゃおう」  それは前に看護士さんが置いていったものだ。別に食べるつもりもなかったけど。 「それじゃあ、また今度くるね。ばいばい、お大事に」 「ありがとう」  まだ胃袋が痙攣している。  お粥が美味しくないわけじゃない、むしろ、昔からあの子は料理がめちゃくちゃうまくて、ずっと一緒に食事をしていた。  わたしがいけないんだから、はやく、はやく食べられるようにならなくちゃ。そうじゃないと、あの子の笑顔が見られないから。
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