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ライン着信音がなった。
「怖い。助けて」
ラインの着信音がなった。
「こわい。助けて」
県立山吹高校テニス部二年生のグループラインに突然、テニス部のアイドル、谷村さくらのメッセージがアップした。
それは北岡孝之が部活でクタクタになって家にかえりつき、学生服を脱いでベッドに倒れこんだときだった。
いつももっと仲良くなりたい、できればガールフレンドになってほしいと思っているさくらからのメッセージに気づき、驚いてスマホをとるとさくらに電話した。
「どうしたの」
「・・・」
返事がない。留守録になっている。
「・・・声をだせないの」
すぐにさくらからラインにメッセージが入った。
「どうして」
ラインにメッセージを返した。
さくら「家に誰かいるの」
ゆかり「おかあさんじゃないの」
同じテニス部の山形ゆかりからのメッセージがラインにアップした。
さくらと同じ中学校出身。仲がよく、いつもつるんでいる。
さくら「ママは出かけていて夜遅くまで帰ってこない」
孝之「お兄さんじゃないの」
さくら「兄は塾に行っているから家にいないはず」
ゆかり「家から出たら」
さくら「ムリ、今隠れているから」
薫「警察に電話したら」
テニス部副部長の河野薫からのメッセージ。テニス部の女子代表としていつも全体をまとめている。
さくら「ダメ、声が聞こえるとヤバい」
薫「その人は何をしているの」
さくら「タンスや引き出しを開ける音がする。家の中で何かを探し回っているみたい」
谷村さくらの家は資産家で大きな家に住んでいる。当然有名な警備会社のセキュリティも完備しているが、3日前にシステムが故障し来週直してもらう予定になっていた。
そのことを部活の帰りに話したら「さくらの家はお金持ちだから、泥棒が狙っているんじゃない」と話題になった。
誰もがその事を思い出していた。
薫「本当にどろぼうなの?」
さくら「わからないけど。怖い」
薫「窓からでられないの」
薫は先月さくらの誕生会の時さくらの部屋に入ったときのことを思い出していた。
2階の部屋の窓の外に小さなベランダがあり、そこから屋根伝いに他の部屋にいけるようになっている。
さくら「今お風呂場にいるの。窓には格子があるからムリ」
菱田保「わかった。オレが行くから隠れていて。絶対助ける」
突然テニス部の危険人物、菱田保からのメッセージが入った。スケベの保と言われ、部活では女子が練習するときいつもニヤニヤしながら下半身をじっと見ているので気味悪がられている。
孝之は保のメッセージを見ると、すぐにお気に入りのセーターとズボンに着替えて中学校のときに使っていた野球のバットを手にすると自転車に乗って家から飛び出した。
孝之の家はさくらの家からひと駅のところにあり自転車だと10分くらいの距離にある。
孝之は全力で自転車をこぎながら、いつも見ているテニスウェアから出たさくらのむっちりした太腿と揺れ動く少し大きめの胸が一枚のタオルの向こうに張り付いているシーンが目に浮かんだ。
孝之は興奮のあまり流れ出る鼻血をティッシュでふさぎ、日頃の部活で鍛えた体力にものをいわせペダルをこいだ。
自宅から大通りに出ると、さらに足に力が入った。
大通りを300メートル走り、右に折れるとさくらの豪邸が見えてきた。
―もうすぐだー
股間が膨らんでいるので中腰になり、息を切らしながらも必死でこいだ。
右折しようとしたとき、反対車線からものすごいスピードで孝之に向かって自転車が走ってきて、「キーっ」と、急ブレーキをならしながら左折した。
孝之「バカヤロー」
ぶつかりそうになり思わず怒鳴った。
高木健治「ウルセー」
その自転車に乗っている男がこちらを睨んだ。
目と目があった。
同じテニス部の高木健治だ。硬派をきどり、いつも「テニスはパワーだ。女の相手なんかできるか」と突っ張っているガキだ。
―こいつもラインを見ていたのかー
そう思った瞬間、「ガチャン」と大きな音をたてて、二つの自転車がぶつかり孝之と健治は道路の上に放り出された。
一瞬頭の中が真っ白になったが、すぐにさくらの事を思い出し立ち上がった。
健治も同時に立ち上がっていた。
そのとき二人の横を全力で走って追い抜いて行った男に気が付いた。
テニス部の柳沼隆だ。
テニス部のエース。
対抗戦ではいつも活躍するので女子に人気がある。
練習の時も女子には打ちやすいソフトなボールを返しいつまでもラリーをやっているが、相手が男の時はメチャクチャに強いボールを打ってくるのでラリーにならない。
イケメンだが嫌味なやつだ。
―まずい。こいつもラインをみていたのかー
孝之はすぐに自転車に乗ると走り出した。
健治もその後を追った。
すぐに柳沼を追い抜いた。
やはり自転車の方が早い。
さくらの家が目前に迫った。
さくらの家の前でブレーキをかけた瞬間、反対側からいつも部活で指導しているテニス部のコーチの関原<通称セクハラ>のオートバイが現れ、止まった。
コーチ「君たちは何をしているんだ」
コーチは怒鳴った。
関原コーチは高校のテニス部のOBの大学生で、ときどき指導にやってくる。
高校時代インターハイに出場経験があるほどの腕前だが、勉強はできずFランと言われる大学に通っている。
学校の教師の間では熱血コーチで通っているが、それは可愛い子に限る。
なかでも谷村さくらはお気に入りで、素振りを教える時は背後から体を密着させ、うなじに他人に見られないようにキスをしたり、お尻に自分の股間をぴったりとひっつけて指導する。
まるで猿並みだ。
だから<セクハラ>と言われている。
「やめてください」といえば、いいのだが、コーチに嫌われると大会に出してもらえなくなるのでみんな我慢をしている。
「コーチこそ何しに来たんですか」
孝之が口を尖がらせた。
「通りかかっただけだ」
―まさか俺たちのラインを見ているのじゃないだろうなー
・・・そういえば、合宿で「部活に集中するためスマホを預かる」とかいって持って行った事があるが、そのときラインを盗み見るアプリを仕込んだのかもしれない。
「さっさと帰りなさい」
コーチが怒鳴った。
「どうしてですか」
孝之と健治が一緒に大きな声を出した。
そのとき、三人が睨み合っている前をひとりの男が走り抜けさくらの敷地に入って行った。
スケベの保だ。
そして後から追いかけてきた柳沼隆が続いた。
孝之と健治とコーチは慌てて自転車やオートバイをその場に乗り捨てその後を追いかけた。
玄関は鍵がかかっていて開かない。
5人はすぐに家の裏側に向かった。
そして格子窓がついている風呂場らしき部屋を見つけ、走り寄った。
近づくと曇りガラスにタオルを巻いた人影がうつっている。
5人の10個の瞳がその曇りガラスの向こうをじっとみつめる。
そのとき、曇りガラスに映る人影から、タオルがするりと落ちた。
5人の目は血走り、生唾を吞み込む。
突然「ガラッ」と音をたてて風呂場の窓が開いた。
5人は首を伸ばした。
・・・上半身裸の姿が湯煙の向こうに現れる。
・・・・・・・・引き締まった体・・・
「ん???」
5人は一瞬固まった。
「カシャッ」
突然カメラのシャッター音が聞こえた。
パンツをはいた男性の手のカメラのレンズが5人に向いていた。
5人は一瞬顔を合わせると、あわててその場から走って逃げた。
それから一週間後県立山吹高校の文化祭が開かれた。
この高校の文化祭では、発表される展示物や出し物の中で「今年の最優秀賞」を学生投票で決めるのだ。学生はそれを目指して部活動に励んでいる。
昨年は欅坂46のサイレントマジョリティを完コピしたダンス部が最優秀賞をとった。
さくらの兄、谷村隼人が部長を務める写真部はこれまで、自分達が感動したと思った山や海などの風景写真や運動会などのイベントで撮った写真を展示していたがいつも票が集まらなかった。
今年は高校生活最後の文化祭として「優秀賞」を狙うことを目標としていた。
部長の隼人は部員に号令をかけ、学校で生徒の票を集められる写真を撮るように頑張ったが、ありきたりのものしか集まらなかった。
その日、隼人が家に帰ったとき妹のさくらがスマホを玄関に置き忘れていたのを見つけた。
さくらは部活の後、母と横浜に買い物に行って家にいなかった。
隼人はさくらが「テニス部の男子がいつも自分の体をいやらしい目で見ている」と、文句を言っている事を思い出し、ラインにうその書き込みをした。
すると想像以上に彼らが本気で食いつてきたので衝撃の写真を撮れるかもしれないと思い、風呂場を覗いている彼らの表情を撮ることにしたのだ。
テニス部の男子とコーチが一斉に大きく目と口を開いて一点をみつめる瞬間を切り取った迫力あるその写真は、「青春のまなざし」とタイトルをつけられ文化祭で展示された。
写真で撮られた生徒達の「溢れ出る好奇心」を巧みに捉えていると講評され「入選」した。
「優秀賞」には選ばれなかったのは、彼らが何を見てそんな表情になったのか説明されていなかったからだった。
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