1/1
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

後日、話があると言って息子を墓地に連れ出す。 「今さら罪滅ぼしかよ。それとも安楽死の相談か」 私に似たのだろうか、すっかり口が悪くなってしまった息子に苦笑し、おもむろにリボルバー銃を出す。 「よくわかったじゃないか」 唐突に銃を向けられ、理解が追い付かず凍り付く息子の手に銃を渡し、自らの胸に埋め込む。 「撃て」 「は……」 冬枯れの墓地で対峙した息子が、白い息を吐いて困惑。 「後追い自殺の手伝いをしろって?冗談じゃない、死にたきゃ勝手に」 「撃ったら即逃げろ。コートにありったけの札束を詰めてきた、それを元手にできるだけ遠くへ」 「意味がわからない!」 子供の時より格段に低くなった声で叫ぶ。私は表情を変えず、淡々と述べる。 「引退したら息子に後を継がせる。それがお前を引き取る際にボスが出した条件だ」 息子は唯一の目撃者だ。 孤児院に預けたところで口封じが差し向けられるのは目に見えていた。 「だました負い目もあったのか、養子にすること自体はあっさり認めてもらえたが、その代わり組織専属の殺し屋として育て上げろと言われてしまったよ」 だが、私にはできない。 身内を殺すのはもうたくさんだ。 「……私と父に血の繋がりはない。本当の両親は父に殺された。彼もまた殺し屋で、私だけはどうしても殺せず連れ帰ってしまったんだ。小さすぎて両親の顔なんてろくに覚えてなかったから、義母と義父を本当の親だと思い込んだ。だが決定的な違いもある。義母は義父の生業を苦に命を絶った。私は義母の遺書ですべてを知り……義父に復讐した」 義母の墓の前で銃を向けた時、義父は無防備に両手を広げ、ハッキリとこういった。 『最後の試練だ。俺を撃て』 父を殺して父に成り代わり、生涯組織に尽くすのが私の運命だった。 真っ正面から銃口と向き合った父は、銃弾が眉間を貫通するその瞬間も、何故か幸せそうに微笑んでいた。 「なんだよそれ……ずっとだましてたのか。あんたのせいで、あんたのおかげで、今まで何も知らずのうのうと生き延びられたっていうのかよ」 「成人するまで守り育てると約束したろ」 「勝手に恨んで!殺そうとして!」 「親の仇には違いない。お前のすべてを奪い、すべてを壊し、代わりを与えた。死ぬ理由は十分だ」 肩を壊してもなお仕事を続けたのは、息子の成人を見届けたかったから。 難病の妻を看取って逝きたかったから。 前者が叶うだけでも過分な最期だ。終焉をむかえるにあたって、心は静かに凪いでいた。 「いやだ、来るな」 「今やらないとお前が消される」 教えた通りに両手で銃を構え、ゆっくりと引鉄を絞っていく。 それでいい。両親の仇をとって新しい人生を始めるんだ。 眼前に迫る銃口を出来心で覗きこむ。 死に際に何か見えるかと期待して、人殺しの末路にふさわしい真っ暗い虚無に落ちるのを予感して……。 天使がいた。 銃口の中、暗闇のトンネルに浮上するのは出会ったばかりの頃の息子の顔。 両親を殺されて慄く顔、書斎に入って来たむくれ顔、訓練場で見据えた横顔、頭をなでられてむず痒げにはにかむ表情、病室を去りゆく背中に追い縋る非難の形相、走馬灯のように駆け巡る私の天使の顔― 「アンジェロ」 意図せず名前が唇から零れ落ちた瞬間、凄まじい銃声が耳を劈く。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!