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皆さまに楽しいひと時をお過ごしいただけるよう、本日のBGMは全てお二人で選ばれました。今流れているのは、お二人が初めて出会った頃に流行っていた曲で……
テンションが妙に高いくせに感情の乗らない声で、司会が喋り続けていた。
どうやら新郎新婦の入場が少し遅れているようだ。結婚式にも何度も出ていると、何となくの進行が判ってきてしまう。散々人に祝儀を払い続けて、このままだとご祝儀の回収機会はなさそうだなぁ、などとみみっちい考えが頭を過ぎった。
「ねぇ、あんたよかったの?」
「何が」
「たっちゃん、恵のこと好きだったじゃん」
「は?」
隣に座る美帆が、暇を持て余したのか話しかけてくる。大学時代からの友人であるから話しかけてくるのは別に驚かないが、その内容があまりにもこの場にそぐわない。こいつ飲み会の席と間違えてるんじゃないか、そうは思うものの、一応声を顰めてはいるから状況は理解しているようだ。
「お待たせ致しました!新郎新婦の入場です!」
唐突に司会の声が大きくなって、マイクの音が少し割れた。わき上がる拍手、それから歓声。皆が後方を振り返るので、それに倣う。デコラティブな扉が開き、笑顔の二人がゆっくりと入場してきた。
「恵!とってもきれい!」
隣で美帆が叫ぶ。ふわりとしたレースに身を包んだ恵は確かに美しかった。
お二人のことは、わが社でももはや有名でありまして……
「ねえ、あの人いくら何でも長すぎだよね」
「そう言ってやるなよ、なかなか人前で喋る機会ないんだろ。朝礼も最近なくなったって良太言ってたし」
「いや、朝礼なら勤務時間だから我慢できるけど、今は我慢できない。早く飲みたい。乾杯はまだか」
「まあその意見には同意する」
乾杯の音頭を取るはずだったハ……禿頭の男性は、さっきからひたすら喋り続けている。すぐ近くの司会者は平静な顔をしているから、これもよくあることなのだろう。高砂席を見れば、二人とも少しの苦笑いを浮かべてお互いを見つめている。
「ねえ、それでさ、さっきの話」
「なんだよ」
「恵のこと、好きだったんでしょ」
「んなわけあるかよ。大体俺らが会ったときには、既にあの二人付き合ってただろ」
「好きになっちゃいけない相手?」
「そうだろ」
「ははーん、お前さてはバカだな」
「あ?」
「好きになっちゃいけない、って思うのは、既に好きになってるからなんだよ」
「……お前はどうなんだよ」
「あたし?」
「お前もそうだろ、良太のこと、好きになっちゃいけないって自制したクチだろ」
「ああ、うん、まあねぇ……」
俺と美帆は、大学入学とともに同じサークルに入った。勿論初対面だったが、たまたま同じ趣味を持っていたことでだいぶ早くに打ち解けた。そこに少し遅れて二人が──良太と恵が──入って来たのだ。二人は大学の入学式でお互い一目惚れだったのだと、新入生歓迎コンパで教えてくれた。
「めでたい日にこんな話するのやめようぜ」
「そうでしたね、今日はハレの日でした」
「ほら、お待ちかねの乾杯みたいだぞ」
ざわざわとした雰囲気の中、それぞれがグラスを手にする。
俺と良太、美帆と恵は気が合って、サークルのときのみならず、普段から四人でつるんでいた。
美帆の言う通り、最初の頃に恵に惹かれたのは本当だ。判りやすい可愛さと、少しばかり天然なところ。箱入り娘という言葉がぴったりはまる。どこか危ういほど人を信じることに躊躇いがない姿勢に、守ってあげたいという思いがつのった。
だが、大事な友人の彼女だ。彼女が良太を見るとき、眼差し全て、身体全体から好意が溢れ出す。その姿を前にして、好きでい続けられるほど強くはなかった。
「美帆、お前二次会行くか?」
「え~どうしようかな、今月あんまお金ないんだよね」
「俺も。じゃあ終わったらどっか安い居酒屋でも行って飲み直すか?」
「いいねぇ、そうしよう」
二次会欠席は、あとで良太から怒られそうだな。
そんな考えもちらっと脳裏をよぎったが、まあどうでもいいか、と思い直す。
好きになっちゃいけないって思うのは、既に好きになってるから。
本当だ、当たってる。
良太のことを好きだと判っていたから、自分の中につのりつつある美帆への好意を認めるわけにはいかなかった。彼女がその恋心をどうするかは判らなかったけれど、自分の感情に蓋をしようと決めた。
でも、そう思えば思うほど、溢れ出すのだ。原始的な感情が、美帆を好きだというその思いが。
良太を見つめる視線は恐ろしく熱を孕んでいて、それを見つめる自分は嫌というほど思い知らされてきたのに。
思い通りに行かない持て余した感情に、それでもどこか愛おしさを感じる。
「よし、飲もう。今日は俺らにとっては葬式だ」
「いいねぇ、弔うよ、思う存分弔うよ!」
「声がでかい」
「ごめん、出力間違えた」
美帆は全然謝っているようには見えない軽い口振りで、にこにこと機嫌良さそうに笑っている。
俺はなんて嘘つきだ。自分には弔うつもりなんて微塵もない。
いや、でもそうだ。今日俺は、感情を留めてきた可哀想な蓋を弔おうか。
〈了〉
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