It's time, I want you to go like an arrow. (時よ、矢のように)

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It's time, I want you to go like an arrow. (時よ、矢のように)

パーキングの位置にギアを入れて、キック式のサイドギアを踏む。 雨は、しとしとと降っている。 ドット液晶が、ゼロを青く浮かび上がらせている。 秋生は、ドッドの車内時計のふたを押して、中から煙草を取り出した。 座席の横のスイッチをスライドさせて、座席を倒した。 天井には、蛍光塗料で作られた、星座盤が張られていた。 わずかな蓄光で光っていた。 煙草に火をつけた。 車のイルミが、紫煙を通過していく。 車齢はとっくに、20年を超え、走行距離も17万を超えてはいるが、未だに機関に不具合はない。 今は、高性能な車があふれているが、乗り換えるつもりはなかった。 2.8リッター6気筒からくるトルクに申し分はなく。 ややへたってきたサスとの相性もよかった。 シーマのようなケツを下げた加速はないけれども、4速のオートマとも愛想がよかった。 さすがに、トルクコンバーターは、10万をこえたあたりでぶっ壊れたが、載せ替えて乗れている。 エンジンガスケットが抜けたりもしたが、ピストンのゆがみもなく快調だ。 何よりも、彼女が、前を走るビッグハザードを見て、"いつかは、クラウンよる"と言ったことを思い出していた。スカイラインを売って、1年が経ったころ。 初秋のころ、この車に出会った。 昭和の時代の車だ。 長らく、家の近くの駐車場にシートをかけて止まっていた。 ある日、秋生が仕事の帰りに、その車が止まっている駐車場の前を通ると、車のシートが外されていて、車の傍で、妙齢の女性が途方に暮れている様子だった。 気になった秋生は声をかけた 「どうしたんですか」 女性は、車の傍てため息をつきながら 「車がうんともすんとも言わないのよ」 といった。 そりゃそうだ、秋生が車に気付いたから、半年以上もたっていた。 バッテリーが上がっているに違いなかった。 「たぶんバッテリーが上がってますよ、長い間動かしていないから」  と秋生は言った。 女性は寂しそうに 「乗る人がいなくなったから、仕方ないわね」 といった。  「お困りなら、お手伝いしましょうか」 と秋生が言うと 女性はにっこりとして頷いた。 秋生は次の日、会社の車に工具を積んで駐車場に来た。 女性は待っていた。 秋生は、ブースターケーブルで、ジャンピングをしたが、すくにはエンジンはかからずに、プラグやイグニッションコードを交換、エアフロ―を掃除して、エンジンオイルとエレメントを交換、タンクから古いガソリセル抜けるだけ抜いて新しいガソリンを入れセルをかなり回すと、マフラーから濃い排気がが出てエンジンがかかった。 ハンチング音もなく、エンジンは徐々に回転を避けてアイドリング状態に入った。 テスターで電圧を図ると、14V近くあったので、ダイナモは逝ってないと思われた。 その様子を見て、女性は少し涙ぐんでいた。 バッテリーが、心配だったので、そのままアイドリングを30分以上して、バッテリー単体でエンジンをかけたが問題なかった。 女性から、お礼にと家に誘われたので、ついって行った。 応接間に通されて、目の前にコーヒーを出された。 「ありがとう、主人も喜んでいることでしょう」 と応接間にかけられたどこかの湾岸道路で撮られた写真を見ながら懐かしそうに言った。 秋生はある程度の事情は難なく察していたが。あえて尋ねることもしなかった。  「あの車はね、定年したら私を旅行に連れて行くんだって言って、買ったのよ。400万以上もしたのよ。それで、大喧嘩。いきなりあんな大きな車に乗ってきて、でも、あの人なりの優しさなのよ。だから、いろんなところに行ったのよ。」 と、応接間に掛かる写真を懐かしそうに眺めていた。  「あなた、よかったらあの車もらってはもらえないかしら」 と唐突に女性が言った。 秋生は、何故かその唐突な願いに逆らえなかった。 たぶん、前の持ち主の想いが、車を整備したときに伝わってきたからだ。 何枚も張られた、オイル交換シール、割れの内ダッシュボード、拭きあげられた塗装に錆びのない下回り、かなり丁寧に乗られた車体だ。 整備手帳からはオートマオイルの交換もされていた。 こまごまな消耗部品は、すべて交換済みだ 持ち主の想いがこもった車だと感じた。 そう、昔のスカイラインを整備していた時の気持ちがよみがえった。 「ただ。一つだけお願いをかなえてほしいの」 といった女性は、写真の一つを見つめた。 秋生は、その写真をみた。 よく見る風景があった。 鹿児島の桜島をバックにした写真だった。  「あの人のふるさとへ、遺骨を納めるの、あの車で連れて行ってもらえないかしら」 秋生は、小さくうなづいた。 1984年式のロイヤルサルーンG ツインカム24 は、新品の195/70SR14のタイヤに変え、ブレーキ回りもメンテした。 会社が休みの朝早く、秋生は駐車場で待っていた。 女性が、落ち着いたベージュのスーツで、白い布に包まれた資格の箱を持ってやってきた。 秋生は、後部ドアを開けた。 内装のブルーシートに女性は乗り込んで、白い箱を秋生に渡して 「前の席に乗せてもらえるかしら」 といった。 秋生は、箱を受け取ると丁寧にじゅせきに乗せて、シートベルトをした。 「それから、この曲をかけてほしいの」 とカセットテープを渡された。 秋生は、カセットを押し込んだ。 レコードのノイズに一緒に、ピアノ曲がながれた。 ゆったりとした、旋律がながれていた。 「パッヘルベルのカノンよ、主人が好きでよく聞いていたわ」 と女性は言った。 秋生は、車ゆっくりと発進させた。 水温計も異常なし、余りスピードを上げていないせいか、ロードノイズも少なかった。 ダブルウィッシュボーンのサスは、インチアップしていないので突き上げは少なかった。 6気筒なのでエンジン回転数はおさえられていて、振動も少なかった。  「桜島SAで止めてくれる」 と女性が言った。 ほどなく走ると、SAについた。 何本目かのカセットで、曲が変わっていた。 秋生もどこかで聞いた曲だ。 いや、真理愛と一緒に教会で聞いた曲だ。  「あなたのそれ、ペンダント"mourning Jewelry"でしょ」 と女性は言った。  「私ももっているのよ」 といって女性は、指輪を外した。  「遺骨の炭素で作ったダイヤモンドよ。でも、あなたにはそれは似合わないわ。過去に生きる時間は短い方がいいのよ。忘れることは罪だけけれども、忘れないことが愛でもないわ。」 秋生は、ハンドルを握る手が汗ばんだ。  「あなたと私は、似ていると思ったの。失ったものの大きさに耐えられずに生きている。でも、絶望しているわけでもない。ただ、生きている。傍にいない人の想いで心は満たされている。寂しいのでなく、悲しいだけ。会えないことが、そうでしょ」 車内の空間に、ピアノ旋律が静かに流れている  「だれかに、わかって欲しいとはいわない。あの人との時間は私だけのもの。私の中で流れている。思い出すことで」  秋生はバックミラー映る女性が、まっすくに秋生の背中を見ていることにきずいた。 なぜ唐突に、女性がこのような話題の話をしているのか混乱していた。  「私たちの子供は、生まれてこれなかった。そして、私ももう生める体じゃなかった。でも、あの人は、それでいいといってくれた。だから、私はその思い出、今も生きていける。あなたもそうでしょ」  秋生は、深い息をした。  「どうして、そう思うのですか。私は誰にも話していませんよ。自分のことは・・・」  女性は、窓の外に視線を向けながら  「息子が生きて生まれていたら、あなたと同じ年なのよ。・・・」 秋生は、思い出した。車の名義変更の書類の作成の時に、生年月日を書いた時にひどく女性が同様していたことに、今になれば、そうなのかもしれない。 いたたまれなくなって、  「お茶でも買ってきます」 といって秋生は社外に出た。 初秋と言っても、南国だ、日差しが強かった。 自動販売機で、お茶を買って車内に戻った。  「ありがとう」 といって、女性はお茶の缶を受け取った。  「ごめんなさいね。唐突にあんな話をして、でもどうしても言っておきたいと思ったの、何故かあなたには、親しさを覚えるの。母親みたいなものなのかもしれないわね。」 と女性は、寂しく微笑んだ。  「ありがとうございます。この思いは、ずっとこれからも持ち続けていくと思います。でも、重くはないんです。彼女と過ごした時間がどんなに短くても、それは真実だとわかっているので。奥さんがいわれるたように、このロケットには、彼女がいます。そして、はめることができなかった指輪もあります。不思議と、彼女とまた会える気がして、未練でしょうかね・・・」 秋生は、すべてを話す気はなかった。 悲しみを背負った人に、自分の悲しみを話すことで分けたくはなかった。  「そうね、そう願っていれば、いつか会えると思うわ。・・・鹿児島駅でおろしてくれる」 女性は、達観したような静かな口調でいった  「分かりました」  といって、秋生は、車を本線に合流させた。  バイパスを通って、鹿児島駅に着いた。  秋生は、車を降りて、後部座席のドアをあけた。  女性が、降りてきて、秋生の手から、白い箱を受け取った。  「ここまで、連れてきてくれてありがとう。最初で最後だけど、息子と旅行したような気がしたわ。」  といって、すがすがしい顔で、女性は秋生に笑いかけた。  秋生も、笑顔で  「私も、母親と旅をしている気分でした。」  といって笑った。  「最後に、幸せになってね。人は独りでは生きていけないものよ、」  と女性は、優しくいった  「はい、いつか彼女ともう一度会えたら、そうします」  と秋生は言って、車に乗った。  車を発進させて、バックミラーを見ると、女性がずっと見送っていた。  きっと、女性はこのクラウンとサヨナラすることで、けじめをつけたのかもしれない。  秋生は、軽くアクセルを踏み込んで加速した。  もう、女性は見えなくなっていた。  そして、さっきまで晴れていたのに、雨が降り出した。  まるで、別れを惜しむように。  ワイパーが、涙を拭いていねように感じた。  秋生は、ロケットにそっと口づけをした。  彼女の真理愛の香りがしたような気がした。  クラウンは、来た道を帰り始めた。  彼女のいる場所へ
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