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Renion Bridge (再会橋、再び出会う場所)
痛みはこらえることができるが、刻まれた傷はきえない。
目の前の墓標の刻まれたのは、思い出と愛しい人の名前。
百合の甘い匂いが、鼻腔にかすかに流れ込んでくる。
もう鳴ることのないポケベルに着いた鈴が風に揺れて鳴った。
9月なのに、天気はくずついていた。
降りそうな雲が、空に流れていた。
秋生は、もう2時間以上もその場所に立ち尽くしていた。
もう何度もこんな時間を過ごしていた。
だが、苦痛じゃなかった。
一緒に見た夜空や、花火の色が何度もよみがえってきた。
真理愛とした過ごした時間が短かったとしても、それは鮮明によみがえってくる。
20年だ。
こうして、秋生は生きてきた。
とても心地よい時間だった。
仕事で全国を飛び回ったので、余計なことは考えなくてよかった。
ただ、酒を飲むと理性のタガが外れそうになるので、酒は飲まなくなった。
機械相手の仕事だ、気を使わなくて済むのもよかった。
たまに、返ってきてここに来ると気が落ち着いた。
風雪にさらされて少しくすんだけども、きれいな御影石の十字架の墓石は、掃除すれば元の輝きを取り戻した。
今日は、真理愛の命日だ。
背後に人の気配がした。
振り向くと、山口だった。
墓標の前に花を置くと手を合わせた。
「いつも、すみません」
と秋生がいった
「もう、20年か早いもんだ。 まだ・・・いや」
と山口は言いかけた言葉をひっこめた。
「俺にとっては、あの時のまま、時間が止まっているようなものです。」
秋生の照れたような言葉に、山口は
「あのなあ、真理愛の娘に会ったよ」
と唐突に言った。
「娘? どういうことですか」
と秋生は、驚いた顔で山口に尋ねた。
山口は、墓標を撫ぜながら
「真理愛には、娘がいたんだ。もっとも、望んだ形じゃないが、ああいう商売ではよくある話だ。そして、真理愛は、耶蘇さんだ中絶は罪だ。それで、生んだ後すぐに里子にだした。だから真理愛は一度も産んでからあっていないし、消息もしらない。どこにでも転がっている話だ。」
雨がぽつぽつとしだした。秋生と山口は教会の前の休憩所のベンチに腰をおろした。
山口は、煙草に火をつけて深く吸った。
「まだ、あの商売になれていない頃、薬の飲み忘れと客から無理やりで妊娠した。店に黙っておろせない時期までな。それで、生ませたが育てるのはできなかったし、あいつも望まなかった。だからすぐに里子にだした。それだけの話だ。」
煙草の煙が空にのほせっていた。
「全然、知りませんでした。話もなかったですから・・・」
と秋生は力ない声で言った。
「言いたくないことの一つや二つ誰でもあるだろうよ。お前は話欲しかったか」
という山口の問いに秋生は静かに首を振った。
「人というのは、思うようにいかないもんだ。望むと望まざると男と女がいれば、子供ができる。それが自然の摂理だ。理屈でかたづくものではないだろ。色の街がなかった時代なんてないんだ。この街は、色町でにぎわった町なんだよ。お前もそれは知っているだろ」
と山口は秋生の肩を叩いた。
夜の街の明かりを秋生は思い出した。
「俺も、お前の母親もそうところで生まれ育ってきた。そして、そこから出ようとしてもがいたが出れなかった。だから、お前なら、真理愛を連れ出してくれると信じていた。・・・確かに連れ出してくれた。そして、お前は真理愛の人生も背負ったよな」
秋生は黙っていた。
確かに、真理愛の人生を背負って生きてきた。
どこに行っても、真理愛が傍にいて、秋生を見守ってくれていた。
触れることはできないけれども、ずっと話をしていた。
声は聞こえないけれども、表情で会話できた。
だから、寂しくなかった。
人に話したら、病人扱いされるかもしれないが、ずっと秋生は真理愛と一緒だった。
片時も離れることなく、秋生は真理愛を感じていられた。
「俺は、一緒いられればよかっただけです。真理愛との間に、言葉いらなった。ただ一緒いればよかった。ずっとずっと前から知っていた。出会えべくして出会ったのたがら、それでよかった。たとえ男と女として会えなくても。真理愛は俺の分身見たなもん何ですよ」
と秋生は、雨の粒を見ながら言った。
「そうかもな、お前たちの間に微妙な距離はなかっもんな。なんかこういるべくしているような間柄に見えたしな」
山口は、懐かしむように笑いながら言った。
「真理愛の娘と偶然あった。間違いないと思う。どことなく真理愛に似ていた。夢にみてここに来たと言っていた。」
「夢? まさか、そんなドラマみたいなあるんですか」
秋生は、不思議そうに言った
「いや、あるのかもしれない。母親と子供のつながりは、尋常じゃない。俺も自分の母親が死んだときに、母親の声を聴いた。死に目には会えなかったけれども、"もう、いいよ"と聞いた。その時に車を飛ばしてたら、そのままだったら事故っていたかもしれない。虫の知らせってやつかもな。」
山口は、煙草をもみ消すと立ち上がって
「たぶん、お前にあの子は会いに来るぞ。・・・真理愛の記憶を持って」
雨はどんどんひどくなっていた。
山口は、片手をあげると
「真理愛は、きっとお前に伝えたいことがあるんだろ。ちゃんと聞いてやれよ。」
といって、シルバーのベンツS600に乗り込んだ。
秋生は、傍にいる真理愛に微笑んだ。
真理愛は微笑んでいた。
いつものように、声は聞こえないけれども唇がかすかに動いていた。
あの時のまま、初めて会った時のチェック柄のシャッツワンピースとオープントゥの赤いミュールサンダルのまま姿で立っていた。
30年以上前に作られ、昭和という時代から平成という時代を走ってきた、白いクラウンに秋生は乗り込んだ。エアバック装備がないから、ダッシュボード周りはしっくりとしていた。
鍵を差し込んで、回した。
はやりプッシュボタンではないので、車を運転している雰囲気がある。
セルが周り、V6ツインカム24 2.8Lのエンジンがかかった。
エンジンマウントがへたっているのか、少し車体が揺れている。
ワイパーは水滴を飛ばしていた。
巡礼の旅の様に、白浜海岸や展海峰 (てんかいほう)や烏帽子岳を巡った。
最後に山澄の道路わきに車を止めた時に、ポケベルについている鈴がチリーンとなった。
電源を入れると、0106の文字が見れた。
「待ってるか、どこでだろうな」
と秋生はつぶやいた。
この車をもらった女性のことを思い出した。
きっと女性には、真理愛が見えていたのかもしれない、だから"mourning Jewelry"とわかったのかもしれない。人の脳は、見たくないものを認識せずに見たいものだけを見る。
視神経からの電気信号を脳内処理しているからだ。
秋生は、真理愛だけが見えればよかった。
そう望むことで、真理愛を作り上げていた。
あの女性には、そういう秋生が自分と重なっていたのかもしれない。
だから、この車を手放した。
~あなたと私は、似ていると思ったの。失ったものの大きさに耐えられずに生きている。でも、絶望しているわけでもない。ただ、生きている。傍にいない人の想いで心は満たされている。寂しいのでなく、悲しいだけ。会えないことが、そうでしょ~
という言葉の意味が分かった気がした。
エルジンのクロノは、夜の10時半を指している。
雨は、霧雨に代わっていた。
坂の上からは、港町の佐世保の明かりが見えた。
秋生は、ギアをDに入れて走り出した。
あの夜の様に、早岐から針尾方面に抜けてバイパスを走った。
以前は、田んぼばかりだったのに、コンビニや店が両サイドに立っている
今は、左手を動かしてギアを入れ替えることもなくクラッチも踏まない。
回転数を上げて走る必要もない、トルクある大排気量でスムーズに走れる。
すべてが変わっているのに、あの場所に誘われてしまう。
秋生は。20年ぶりにあの場所に車を走らせている。
カーステにカセットを押し込んだ。
メタルテープが回る音がして、ピアノイントロがかかった。
"Once in your life you will find her"
一生に一度だけ見つけるできる女性
真理愛と会った。
あの場所へ
SAIKAIBASHI さう Renion Bridge (再会橋、再び出会う場所)へと秋生は車を走らせた
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