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Respective tomorrow.(新しい明日)
英美里は、雨の中に傘をさして立ち続けていた。
時々、すれ違う人は、興味津々の視線を英美里に向けたが、英美里はきにしなかった。
時計は夜の11時近かった。
この場所までは、最終のバスに乗ったから、もう3時間以上はこの場所に立っていた。
雨は、霧雨になった。
気温は寒くもなく丁度よかった。
それでも、雨の中は体温が奪われて、夜になって冷えてきた。
きっと来ると英美里は確信していた。
夢の中で、英美里の母親の真理愛が教えてくれた。
目の前に白いセダンが止まった。
人が降りてきて、顔がライターの光で照らされた。
英美里は、駆けだした。
「川端さん」
と叫んだ。
目の前には、すべてを理解しているのか、川端が立っていた。
「英美里さん、・・・そうか、そういうことなんだな。」
川端は、納得したように煙草の火を携帯灰皿で消した。
「真理愛の娘さんなんだね」
と優しく問う川端の言葉に英美里はうなづいた。
「ずっと、夢を見ていました。過去に遡っていく夢を、今朝 ここでお母さんが川端さんと初めて会ったことを知りました。」
他人が聞けば滑稽な話だろうが、英美里と川端の間には何の疑いもなく受け入れられた。
川端の真理愛に対する思いと退行していく夢を見る英美里の両輪が真実味を増した。
「なぜ ここに来たのか私には、分かります。母は、きっと伝えたかったんだと思います。夢の中で幸せそうに笑っていました。」
「そうか・・・」
川端は、うつむいた。
英美里は、川端に近づいていった。
だが、だんだんと足に力が入らなくなりその場にしゃがみこんだ。
「どうしたんだ」
と川端が近づいてくるのが見えたのが最後で英美里は気を失っていた。
そして、気が付いたのは、病院のベッドの上だった。
目を開けた時に、川端の顔が見えた。
「大丈夫か」
と川端の声を聴いた時に何故か涙がこぼれた。
英美里は川端と会ってすぐに高熱で倒れて、病院に入院したらしかった。
なかなか熱が下がらずに、2日ほどうなされていたらしかった。
そしてやっと熱が下がって混濁した意識から解放されたらしかった。
川端はずっとついていてくれたらしく、無精ひげが伸びて、頭もぼさぼさだった。
発熱してから、長い夢を見ていたような気がしたが、思い出せなかった。
大切なことを忘れてしまったような気がした。
ひどく、脳が疲労した感じがあった。
頭が重く、何もする気にならない。
「ゆっくり休んで、熱も下がったから、もう大丈夫らしい。極度の緊張と疲労からの熱らしい。しばらく休すんだら大丈夫だよ」
川端の言葉が、以前の仕事で話した時よりとてもやさしく響いた。
何故という疑問が、英美里の中に渦巻いた。
こんなに、親しさを感じる存在ではないはずなのに・・・
暫くしてから、英美里は退院した。
特に後遺症もなく、仕事にもすぐに復帰できた。
以前と違うことは、川端からメールがよく届くことだ。
体調について、ひどく気にしていた。
病院から退院して戻ってきて、部屋に入った時に、何か大切なものをなくしてしまったような気がした。
どこかに、置き忘れてしまったような、そんな気がした。
それが何なのかどうしても、思い出せなかった。
思い出そうとすると、ひどい頭痛があった。
休みの日の午後、川端からお昼に誘われて、郊外のステーキハウスに行った。
ハンバーグランチをごちそうになって、コーヒーを飲みながら
「真理愛の夢は、まだ見るの」
と遠慮がちに川端は言ってきた。
「真理愛 ・・・夢。。。何のことですか」
と不思議そうに英美里は言った。
川端は、ひどく驚いて
「何も、覚えていないの、あの場所で、俺に言ったことを」
といったが、英美里に思い当たる節はなかった。
「あの場所って、どこですか」
と川端に尋ねたが、川端は困ったような顔をして、手をふって
「いや、いいんだ。それより体調がよくなってよかったよ。体には気をつけないと、現場は体力が資本だから」
と笑った。
それから、川端からのメールはなくなった。
英美里も特に気にはしていなかった。
もともと、仕事上の付き合いでしかない川端が、なぜこうも自分に優しくするのかが不思議だったからだ。
英美里もそんなことは、日々の仕事の忙しさで忙殺されて、川端のことは気にもかけなくなった。
秋が過ぎて、今年の冬は寒そうな気配で、12月は特に冷え込んで、クリスマスソングにあふれた町は、コートや厚手のアウターを着込んだ人であふれていた。
そろそろ、長いクリスマス休暇に入るベースに合わせて、英美里の会社も休みの支度に入っていた。
英美里も休暇を利用して一足早く、故郷に帰ろうと、部屋の大掃除をしていた時に、試験勉強用の参考書の間から、A5くらいの分厚い手帳みたいなものが出できた。
買った記憶がないので、手に取ってページをめくると1年ほど前の日にちから、びっしりと日記のようなものが書かれていた。
自分の筆跡であることは分かったが、書かれている内容は夢の中の内容らしく、どこか小説に似ていた。
若い男女の恋愛物語のようだった。
最初は、断片的に書かれていた内容が、日を追うごとに詳細に書かれていた。
内容から、その場面の雰囲気が伝わってきた。
そして、最後のページを見た時に、書かれていた名前に憶えがあった。
"川端 秋生"
なぜここに、この名前があるのか、不思議でたまらず、英美里は、川端に連絡を取って会うことにした。
川端から、指定された喫茶店に入ると、すでに川端は待っていて、マスターらしき人としゃべっていた。
「すみません、急に呼び出して」
と英美里はぺこりと頭をさげた。
「いいや、いいんだ。最近体調どう?」
「ええ、大丈夫です。」
「そう、よかった、それで話って」
と優しく微笑む川端に、英美里は見つけた手帳を差し出した。
「川端さんの名前が書いてあります。最後のページに、でも、私、これを書いた覚えがないんです。」
と不思議そうに、英美里は言った。
川端は、手帳を手に取りページをめくりだした。
ページをめくるうちに、手が震え途中で、読むのをやめた。
「すまない、少しを席を外すよ」
と川端はいって、レストルームに入った。
水の流れる音が続いた。
「お嬢さん、私に見せてもらってもいいかな」
と店のマスターが言ってきたので、頷いて手帳をマスターに渡した。
マスターは、手帳を読んでいくうちに、途中で読むのをやめて、英美里に手帳を返した。
「あの、この手帳の中で、出でくる 西 真理愛 さんてどういう関係の人なんですか」
という問いに、マスターは
「やつの、秋生の恋人だったひとだ。そして、俺の働いていたところの従業員だった」
「だったて、もうお亡くなりになったんですか」
「もう20年も以上前にな」
「そうですか」
と英美里は肩を落とした。なぜ、自分がこんな手帳を持っているのか謎だった。
ここ一年間の記憶の中で、何かが抜け落ちているような気がしていた。
ただ、もう思いだしてはいけないように思えた。
川端が戻ってきた。
「すまないね。少し風邪気味なもんで。晩御飯まただだ、ここのオムライスは結構いけるんだよ。マスター、この子に出してやってよ」
と川端が、言うとマスターは厨房に消えていった。
「この手帳、しばらくあづかってもいいかな」
と川端は緊張しながら、英美里に尋ねた。
英美里は、うなづいた。
ほどなく、オムライスとコンソメスープが出できた。
昔風の作りで、町の洋食屋さんで出てきそうなオーソドックスな作りだった。
少しケチャプが効きすぎていたが、それだけだった。
でも、どこかで食べたような味がした。
「ごちそうさまでした。やっぱりケチャプが効きすぎッて・・・私何を・・・」
英美里は、すらすらと出できた言葉にはっとした。
それは、マスターも同じだった。
「私、ここに来たことがあるんですね」
マスターは何も言わなかった。
「さあ、どうだろう。この街でもここは繁華街じゃないからな、来てるわけはないよ」
と慌てて、川端が言った。
「秋生、少し出てろ」
とマスターが、ドスの聞いた声でいった。
川端は、店を出た。
「お嬢さん、"Need not to know"という言葉を知っているかい。」
英美里は、頷いた。知る必要のないことまたは知ってはいけないことを意味する。
「お嬢さんの未来は、明るい。それは、誰かがそう願ったからだよ。その願いは崇高で、いつまでもお嬢さんを守っている。"天におられるわたしたちの父よ"と同じさ。人の想いは時をも超えるんだよ。だから、知らなくていいことはあるんだ。知ってしまう辛さをあいつは誰よりも知っている。だから、まっすぐに自分の道を歩いていくのさ」
英美里は、真剣なマスターの言葉に押されて頷いた。
「あの手帳は、あいつにくれてやってくれないか。お嬢さんには、意味がなくてもあいつにとっては、聖書みたいなもんだ。お題は、このケッチャプの効きすぎたオムレツの代金でどうだい」
「そうですね、私が持ってても意味がありそうにでもないし、いいですよ。川端さんにあげてください。
ごちそうさまでした。じゃ私は帰ります。川端さんによろしく」
といって、英美里は外に出た。
静かに、雪が降っていた。
コートのフードを上げて少し歩いて、振り返ると、マスターと川端が並んで煙草を吹かしながら見送っていた。英美里は大きく手を振って
「メリークリスマス」
と叫んで前を向いて歩き出した。
新しい何かが始まりそうな予感かした。
「これでよかったのか。秋生」
と山口が言った。
「いいんだ、真理愛も望んじゃいない。きっと、寂しがり屋の俺に神さまがくれた、プレゼントさ」
といって秋生は、手帳を撫ぜた。
「真理愛はきっと届けたかったんだな、この思いを きっと。そして、もう一度お前に逢いたかったんだ。」
「そうだな、そんな気がする。西海橋であの娘を見た時、心臓が止まるかと思ったよ。初めて手逢った時のままだった。写真から抜け出たようだった。でも、そこまでだ、娘の人生を台無しにするようなことはしなかったんだな。さすが母親だ。きれいさっぱり記憶をけしやがった。でも、うんそれでいい。俺の側にいるよりも、子供の側にいるほうがずっといい。俺にはこれがあるから・・・」
秋生は、手帳を抱きしめた。
もう、秋生には、真理愛の姿が見えなくなっていた。
鈴の音が遠くから聞こえた。
それに答えるように、秋生のベルト挿んでいるぽベルに付いている鈴がなった。
「この雪じゃ客はこないな、秋生、今日はトロトン飲むぞ、お前の真理愛とののろけ話で、なんせ、事細かに書かれた証拠もあるしな」
と川端は笑って、秋生と肩を組んだ。
雪は道路一面につもり、車の動きを止めて、家の窓に楽しそうな顔を映しだした。
出会うのが罪ではなく、出会うが必然だから・・・
たとえ刹那の時間であったとしても、人はそれを願う。
なぜなら、人は独りで生きられるほど強くはできてないから
開けない夜がないように、明日がこないことはないから・・・
明日という日を信じて生きていこう。
「I think so, too. "Even if I knew that tomorrow the world would go to pieces, I would still plant my apple tree." (たとえ明日、世界が滅亡しようとも今日私はリンゴの木を植える。)」
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