世界で一番の、

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すばる! うそついちゃだめなんだよ!」  涙をこぼしながらそう言う幼馴染を見つめたのは、一体何歳の時だっただろうか。細かい時期など勿論覚えていないが、幼稚園の頃だったことだけはぼんやりと覚えている。   家はすぐそば、親同士の仲も良い、通う学校も同じという幾重にも重なる縁のおかげで、僕と幼馴染、ひなは物心つく前から現在の高校二年に至るまで距離のできる期間もなく現在に至る。 そうでなければ、今僕の隣でひなはこうしてふくれっ面をしてはいないだろう。 「すばる、なんであんな嘘つくの!」 「でも、ああ言わないと、遅刻するところだっただろ」  僕の言葉に、ひなは図星と言わんばかりに僕を恨めしそうに睨む。そんなことをしていても、寝癖を直す手は流れるように動いているのは器用なものだと感心するばかりだ。  今、彼女の怒りの矛先は僕へ、もっと言えば数分前小走りに家の中を駆け回りながら朝の身支度をしていた彼女に、僕がかけた言葉へと向いている。十七歳、所謂お年頃というだけあって朝の支度に僕の数倍の時間をかける彼女は、いつものように僕をリビングで待たせて洗面所で鏡とにらめっこをしていたらしい。 「だからって、嘘の時間教えることないでしょ……」  普段であれば今隣で呟くひなの支度が終わるのを待ち、早足で学校へと向かうのだが、今日は僕の中に小さな悪戯心が芽生えた。時計のない洗面所から投げかけられた、時刻を尋ねる言葉に、本当の時刻よりも十分早いそれを伝えたのだった。  それからの流れは予想通りだった。ひなは寝癖直しもそこそこに、大慌てで家を飛び出した。僕達は小さな悪だくみを知り笑顔を浮かべるひなのお母さんに見送られた。そしてその直後、腕時計を確認したひなが僕の嘘に気づき、今に至るというわけだ。 「でも、嘘はついちゃいけないんだよ?」  彼女が、いつもの言葉を口にする。あの日と違うことといえば、彼女が目に涙を溜めているか、悪戯な笑みを僕に向けているかということだけだ。 「寝癖、直ってる?」  そう言って右耳の後ろ辺りを僕に見せてくるひなに、僕は大丈夫大丈夫とおざなりに応える。実際にはほんの少し、毛先が外にはねているのだが。 「ほんとに? すばる、嘘ついてないよね?」  ひなは何とか自分のコンパクトミラーで見ようとしているが、どうも見えにくいらしく僕に真っ直ぐな瞳を送る。僕の記憶の中で一度も変化することのない瞳に、僕の悪戯心を見透かされてしまいそうで。僕は誤魔化すように彼女を急かす。 「そんなことより、早くいくぞ」  僕が少し緩めていた歩調を速めれば、ひなの歩みも速まる。ここ数日で強くなり始めた日差しが、僕達の瞳を眇めさせた。
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