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落ち着かない。
ほんのり甘い匂いと、ツンとした酸っぱい匂い。
何かが腐ったような匂いと、少し残った彼の汗の匂い。
それから、彼が残していったパンの匂い。
彼は、「また夜ね」と私の頭を撫でると、大きく伸びをして出て行った。
寂しくはない。
ただ無性に腹が立つ。
私は、彼の名前すら知らない。
ワンルームの狭い部屋。
台所の蛇口からは、ぽつぽつと水滴が垂れていた。
その音は、かちかちと動く秒針の音に追いつこうと、躍起になっているように思えた。
いらいらする。
彼の眠っていた布団の横に、スナック菓子の食べこぼしがあった。
手を伸ばしても、ガラスの壁が邪魔をする。
彼はだらしのない性格なのだろう。
それを証明するには十分すぎるほどの情報が、部屋のあちこちに散りばめられていた。
どうして私は、こんな男に捕まってしまったのだろう。
満面の笑みでフランクフルトを頬張る姿に見蕩れてしまった私が馬鹿だった。
あの笑顔の裏に、こんなにも汚い本性が隠されていたなんて。
彼と目が合って、「食べる?」と声を掛けられた時、私は咄嗟に逃げ出した。
知らない人に声を掛けられるのは初めての経験だったし、いきなり何を言っているのか訳が分からなくって、パニックになった。
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