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彼は私を追いかけてきた。
私の前に立って、「そんなに怖がらなくてもいいのに」と笑った。
それから、戸惑う私を「かわいい」と煽てて、優しく頭を撫でた。
意味が分からなかったけれど、何故か少しだけ嬉しかった。
声を掛けられるなんて、不細工な私には無縁の事だと思っていたから。
それで、油断してしまったのだと思う。
人気のない路地。
ぼーっとしていると、突然彼に掴まれた。
必死に抵抗した。
けれど、大人の男を相手に、力のない私が敵うわけがなかった。
精一杯叫んだけれど、私の声は誰にも届かなかった。
これからどうなってしまうのだろう、殺されてしまうのだろうか。
そんな不安でいっぱいだった。
彼は家に着くなり、私を透明な檻に閉じ込めた。
誰かを誘拐するために、予め用意してあったのだろう。
たまたま私が、人気のない路地を歩いていたから都合が良かっただけで、誰でもよかったに違いない。
そう思うと、本当に腹が立つ。
何が「かわいい」だ。
今まで不細工なりに上手く生きてきたのに、こんなどうしようもない変態男に油断してしまうなんて。
昨日の自分を殺したい。
彼が置いていったパンを一口食べた。
美味しさよりも腹立たしさが勝って、それ以上食べたいとは思わなかった。
彼はいない。
喉が嗄れるほど必死に助けを呼んだ。
けれど、いくら泣いても喚いても、誰も助けには来なかった。
床に寝転んで、自分の温もりを感じるように丸くなった。
どくどくと、鼓動が体を揺する。
大丈夫、まだ私は生きている。
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