君を待つ

2/5
前へ
/5ページ
次へ
 彼は私を追いかけてきた。 私の前に立って、「そんなに怖がらなくてもいいのに」と笑った。  それから、戸惑う私を「かわいい」と(おだ)てて、優しく頭を撫でた。  意味が分からなかったけれど、何故か少しだけ嬉しかった。 声を掛けられるなんて、不細工な私には無縁の事だと思っていたから。  それで、油断してしまったのだと思う。  人気(ひとけ)のない路地。 ぼーっとしていると、突然彼に掴まれた。  必死に抵抗した。 けれど、大人の男を相手に、力のない私が(かな)うわけがなかった。  精一杯叫んだけれど、私の声は誰にも届かなかった。  これからどうなってしまうのだろう、殺されてしまうのだろうか。 そんな不安でいっぱいだった。  彼は家に着くなり、私を透明な檻に閉じ込めた。 誰かを誘拐するために、(あらかじ)め用意してあったのだろう。  たまたま私が、人気のない路地を歩いていたから都合が良かっただけで、誰でもよかったに違いない。 そう思うと、本当に腹が立つ。  何が「かわいい」だ。  今まで不細工なりに上手く生きてきたのに、こんなどうしようもない変態男に油断してしまうなんて。  昨日の自分を殺したい。  彼が置いていったパンを一口食べた。 美味しさよりも腹立たしさが(まさ)って、それ以上食べたいとは思わなかった。  彼はいない。 喉が()れるほど必死に助けを呼んだ。  けれど、いくら泣いても(わめ)いても、誰も助けには来なかった。  床に寝転んで、自分の温もりを感じるように丸くなった。 どくどくと、鼓動が体を()する。  大丈夫、まだ私は生きている。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加