喧騒と人垣

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僕は中学生の時に、生徒会役員を務めていた。 母校の生徒会は、自発的に活動するタイプではなかったため、生徒会活動の中で、一番記憶に残っている活動と言えば、募金活動なのだ。 母校では、七月上旬から一週間ほど、募金活動を実施していた。 尾を引く梅雨のジメジメと、真夏の日差しが入り混じるこの時期に、毎朝数十分ほど立ち尽くす行為はまあまあな苦行であった。 その一方で、みんながみんな寄付をしてくれるわけではなく。 身体だけではなく、精神的にもきつい仕事であった。 人垣が流れていく中で、なかなか立ち止まって募金をしてもらえずにいる状況。 高温多湿という悪条件において、ジャケットを羽織りネクタイを締めている自分の状態。 これらの要素が中学生のころの記憶を呼び起こし、目線を募金活動の人たちのほうにやったのかもしれない。 目線の動きに引っ張られるように、僕の身体は水色のシャツの集団に近づき、気が付いたときには財布から百円をとりだし、募金箱に投じていた。 「ありがとうございます」 「いえいえ、ところですみません。新幹線きっぷ売り場の場所ってわかりませんか?」 「んー、わからないっすねー。派遣でこの駅に来てるだけなんで。すんません」 募金活動をやってるぐらい善意のある人なら、親切に場所を教えてくれるのでは、と勝手に思っていたが、そんなにうまくはいかなかった。 「社…人……せに、しけて……。…った百円だ…かよ」 何か聞こえたような気がしたが、聞き間違いだろう。 聞き間違いであってほしい。 結局、僕の財布の百円玉が粗品のポケットティッシュ1つと入れ替わっただけで、振り出しに戻ることになってしまった。 『新幹線、特急列車の乗車券をご購入の方はこちらの券売機でご購入いただけます』 『オニーサン。ツカレテナイ?マッサージ、ドウ?』 『今回が初出店となっております、博多で人気、三年連続星4.0をいただいている、当店のショコラはいかがでしょうか』 『駅構内は禁煙となっています。お煙草は所定の喫煙所にてお吸いになってください』 『品川駅からのお知らせです。ただいま、春の痴漢撲滅運動を実施しております。痴漢行為をお見掛けした際は、駅係員までおしらせください』 喧騒は忙しなく耳を駆け巡り、視界に広がるのはあたかも一つの群れであるかのように流れていく人垣。 依然として、集合場所の検討はつかず、中央改札に入ろうとする人垣を邪魔してしまっている僕。 僕の手前で二つに分かれても、同じ改札に吸い込まれていく様は、有名な和歌を髣髴させる。 “瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ” 確か、一つの川の流れが岩によって二つに分けられても、最後にはまた合流して一つになるように、私とあなたの関係もそんな感じになるでしょう。みたいな意味だったはずだ。 そんなことをボケーっと考えていると、僕を分岐点に分かれていたはずの人垣の中から、一人の女性が足を止め、僕と相対していた。
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