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女性は、僕を心配していることが分かる目線で話しかけてきた。
「すみません。間違っていたら申し訳ありません。何かお困りでしょうか?」
「ぁ、はい。その、初めて品川駅に来たもんで、友達との待ち合わせの場所が分からなくて……」
遠慮気味に、トーンダウンしながら話す僕を、半ば遮る形で女性は話を続ける。
「もしかして新社会人さんかな?確かに品川駅は人が多くて、迷子になっちゃうよね。私も社会人になりたてのときは苦労したもん」
うふふ、と口から漏れ伝わってきたような雰囲気を醸し出す女性に、品川駅に来てから詰まっていた呼吸がゆるやかに流れだしたような気を感じた僕の頬は、少し緩んでいたのかもしれない。
「まだ東京に来て一週間なんで、慣れないですね。家に帰ると未開封の段ボールが待ち受けていますよ」
「ほんとう。あ、そうだ。君は出身はどこなの?」
「僕ですか。岩手県、って言って伝わりますよね?」
「ほんとに!私も岩手県出身だよ。え、え。何市出身?私は宮古市なの」
「宮古ですか。僕の出身は市じゃなくて、町なんですよ。岩泉町」
「え!隣だね。もしかしたら私たち、どこかで会ってたかもね」
“瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ”
なんてね。
東京という巨大な潮流の中において、出身地が近いというちょっとしたレベルの偶然でも、自身の安心感を満たすには十分な要素であった。
「ごめんごめん。話がそれちゃったね。それで、集合場所が分からないんだっけ。どこに行きたいの?」
「そうでした。えっと……。新幹線きっぷ売り場ですね」
「新幹線きっぷ売り場?ああ、港南口の方ね。時間もあるし……、連れて行こうか?」
「迷惑じゃなければ、よろしくお願いします」
自力では到底たどり着けそうもない局面での助け舟。
僕は自分の気持ちに率直に寄り添い、女性に連れて行ってもらうことにした。
僕らは人垣を遡上した。
東京に来て判明した岩手県あるあるや、上京してきて最初に買うものなどを話題にあげながら、コーナングチなる方向へ二人で歩みを進めた。
「もうそろそろだよー」
ブーッ、ブーッ。
新幹線きっぷ売り場の目前まできて、女性が話題に終止符を打とうとしたタイミングで、僕の携帯が振動した。
中田からだ。
「もしもし。
ううん、ぜんぜん。
あー、えっとね、集合場所が分からなくて、道順を聞こうと思ってたんだけど、親切な人に教えてもらって、たどり着けたから平気。
うん。えっ。
あーそうなんだ。……ん?止まってる車内とはいえ通話しても大丈夫なの?
ふーん、そんなもんか。じゃあどれくらい遅れる?
一時間?はーい分かりました。テキトーに暇つぶして待ってます。うんじゃあまた」
「お友達から電話?」
「そうです。人身事故で電車の中に閉じ込められちゃってるみたいで」
「それは災難だね。一時間くらい暇になっちゃうんだっけ」
「そうなんですよー」
女性から目線を外し、携帯の待ち受け画面を見る。
あと一時間か。
「もしよかったらなんだけど、せっかくの縁だし、お友達が来るまで私とお茶しない?ちょうど新幹線きっぷ売り場の上にカフェがあるの」
「ぜひ、お願いします!えーっと……」
「名前がまだだったね。私は青木。よろしくね」
「僕は岩本です。よろしくお願いします」
東京にも気さくに話しかけられる人がいるんだな、とほっとした僕は、青木さんに連れられ、カフェの中へと歩みを進めていった。
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