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Magic
婚約解消を切り出した私を、三郷くんは不思議そうに見返した。
「プロポーズの言葉、覚えてないの? 結婚して、子どもと一緒に、笑顔溢れる家庭にしようって」
「言ったかなぁ、そんなこと」
しらばっくれる表情は、この7年間、隣で見続けてきたままだ。
女の子を、子どもを惹き付ける笑顔に、私もひっかかってしまった。
「自分の子どもに好かれないんだけど、必死な母親を見てみたい、とも言われた」
「うん」
「子どもから無条件に好かれる父親となら、笑顔溢れる家庭になるんじゃないか、とも言われた」
「あのさ」
大きな口を閉じると、三郷くんは泣きじゃくる私の両腕をとった。床に落とした検査結果用紙が、静かに私達を見上げている。
「やっぱり覚えてないや。俺」
四宮先輩の家で、嬉しそうに赤ちゃんを抱っこした大きな手は、今私を撫でている。体温が伝わるだけで、じんわりと痺れた。
私のために嘘を付いていると分かった。
「俺、女ったらしだからさ。いちいち、言ったこと覚えてないんだ」
「……でも! もし私と結婚したら、子ども、出来ないよ……」
「愛されはするんだけどね。俺、子ども好きじゃないから大丈夫だよ?」
ボランティア先で子どもに見せる柔らかな瞳で、ウインクを投げられる。
どんな足掻いても許してしまう、あの笑顔で。
「前に言ったこと覚えてないから、俺、初めてプロポーズするね」
繋がる手から、赤ちゃんを抱いた時と同じ温かさが伝わってきた。
何度目の恋でも、今の相手が初めてだ、と諭すように、女ったらしの三郷くんは続ける。
「子ども好きじゃない俺となら、笑顔溢れる家庭になるって、運命が出てるよ」
優しい嘘は魔法だ。
涙を拭って、私は返事した。
「今度はちゃんと、覚えててね」
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