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Resistance
「ねぇ、覚えてる?」
「……覚えてないなぁ」
いとも簡単にしらを切るので、三郷くんの顔を見るまでもなかった。
女ったらしの優男だ。いつでも、簡単に口にする。
涼し気な声に気を取られていたら、言葉は風に乗って消えかかっていた。そのしっぽを捕まえるように、反論する。
「覚えてないの、自分が言ったこと? ――私と結婚して、子どもと笑顔溢れる家庭にしようって」
「覚えてないなぁ」
三郷くんは屈託なく笑う。
明らかに失言だった。私だけが執着していると言われた気がした。
「ひどい」
勢いよく振り上げた私の左腕は、いともたやすく取られる。
たくさんの女の子にしたように、私を撫でてきたように、三郷くんの指が触れる。
もう一方の手で、薄い紙切れ一枚を力なく握りつぶす。強く握り締めたつもりが、クシャリとまぬけな軽い音しかしない。
三郷くんは人たらしで、女泣かせで、いい加減な男だ。それも、たまらなく無邪気な笑顔で言う。
「覚えてないや」
余計、悔しい。離れられない。
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