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一.
おおよそ常連客しか寄せ付けなさそうな古びた店構えの蕎麦屋には、閉店間際の最後の客らしき、十代後半と見える一人の少女の姿があった。
「麺のこしにこだわる……?いやいや、蕎麦はうどんじゃないんだから……。そもそも蕎麦は蕎麦粉であって小麦粉じゃなくて……でも割りのつなぎは小麦粉……要するにそのバランスと、いや、打ち方の方が……」
五つのカウンター席しか無い狭い店内の末席で、ぶっかけ蕎麦を一口ずつじっくりと味わいながら、少女は時折厨房をのぞき込みつつ何やらメモを取る。
と、
「おい、そろそろ時間だぞ。そんなゆっくり食ってんじゃねぇ、麺がのびたら台無しじゃねぇか」
厨房で洗い物を終えた店主が少女を睨んだ。
「あ、はい!」
慌ててメモを閉じ、残り半分を一気にすすり終えた少女が立ち上がりかけた、その時、
「まだやってる?やってるよね?良かった良かった。ほら、ミリちゃん、入りなよ」
「あ、はい、ありがとうございます……」
店主の返事も聞かずに、軽い口調の中年男性が若い女性を店内に押し込んで、並んで席に着いた。
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