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二.
「大将、ざるそば二つ!いやぁ、いいね、この軽く汚れた感じとか。やっぱり隠れた名店ってのはこういうことだよね。ここ、そのスジじゃ有名な店なんだよ。ミリちゃんみたいな子って、こういう店、あんまり来ないでしょ?俺が本物の蕎麦の食べ方、教えてあげるよ」
「あ、はい、ありがとうございます……」
やかましい中年と萎縮した様子で同じ返事を繰り返す女性に、少女は再び席に腰を落として怪訝な表情で片肘を付き、厨房の店主に視線を送る。
「ざる二つ」
と復唱しながら、店主は早くもステンレスのボウルの中で粉と水を混ぜ合わせこね始めた。
「いやぁ、聞いてた通りだな。注文入ってから打つんだよ、この店。蕎麦っていうのはさぁ、他の麺類と違って蕎麦粉なんだよ。で、蕎麦粉百パーセントで打ったのを十割蕎麦って言うんだけど、普通は十割だと打つにも食感的にもぼそぼそしちゃうから、つなぎって言って敢えて小麦粉を混ぜるのね?で、その小麦粉が二割入ってれば蕎麦粉は八割だから八割蕎麦、半々だったら五割蕎麦って言うんだよ。知ってた?」
「あ、いえ、私、四国出身であんまり蕎麦に馴染みが無くて……」
「あぁ、そうだったっけ?四国じゃうどんばっかりだもんね?あはは。うどんと蕎麦じゃ全然違うんだよ。この割合もそうなんだけどさ、いちばん違いが出るのは蕎麦粉の挽き方で変わってくる、色とか風味だよね。蕎麦の実を挽いてて、最初に出てくるのが一番粉って言うのでさ、これは蕎麦なのに白いんだよ。で、食感もうどんに似てるの。でも蕎麦はやっぱり蕎麦らしさっていうかさ、蕎麦粉の香りが立って、歯ごたえがありつつもうどんと違って口の中でほどける感じ?あれだよね。そういうのは三番粉、いや、いっそ末粉なんだよねぇ、俺ぐらいの蕎麦通になると」
「あ、はい……」
「で、うどんはさ、そのまま食べることなんて無いじゃない?麺つゆありきっていうかさ。でも蕎麦の場合は……」
「へい、ざるそば二つ」
男が長い薀蓄をさらに続けようとしているのを店主の声が遮り、二人の前に色の濃い、しかしながらも透き通り静かに輝くような蕎麦を盛った正方形のざるが差し出された。
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