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「ええと。もう一度聞くね、結城奈津子さん。この仕事への志望動機が何かあれば、教えてくれないかな?」
眼鏡にスーツ姿の男が、にこやかに言った。かけられた声に、顔を上げながら、奈津子はわずかに眉をひそめた。
店内奥のテーブルを占拠して早くも一時間。奈津子とこの男は、現在トップの長居客である。
「あの、ですから……私、応募してないんです。そちらの仕事。なんでこうなっちゃったのか、よくわかんないんですけど……」
奈津子は迷惑顔に困惑を加味しながら言った。
黒のリクルートスーツ。白のシャツ。肌色のストッキング、黒の低いヒール。
立派な就職希望者の格好であり、第一印象を重んじる就職面接の場に置いては大変に正しいものだ。
これが、どこかの会社の会議室ならば。
渋谷の混み合う休日午後のカフェには、似つかわしくない。
ふう。
奈津子は気持ち小さめにため息をついた。
テーブルに置かれた自分の履歴書が目に入る。そう、これは就職面接である。いや、はずだった。
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