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今まさに、克也は判決を聞くために出廷した。そして、絵美は固唾を飲んで彼のことを見守っている。
判決は執行猶予なしの三年の懲役刑だった。主文が先に、克也の悪行がその後に読まれた。
克也はずっと下を向いたまま、微動だにしなかった。
絵美は両拳を爪が食い込むほど強く握っていた。
「被告人、最後に何か言い残したいことはありますか?」
裁判官が克也をまっすぐに見る。克也は深呼吸をして口を開いた。
「まず、被害に遭われたみなさまに心から謝罪します。それから、信頼を裏切ってしまった家族、友人、兄弟に本当に本気の謝罪をしていきます。そして、いつか、胸を張って堂々と社会に貢献できる仕事に就きます」
退廷するときに、克也は絵美と視線を合わせた。絵美は涙を拭い、笑いかけた。
大地はメールを打った後、信恵のいるタワーマンションを見上げた。大地は信恵を信じることにした。そして、これから会う予定の悠里も、どこまでも信じようと誓った。
悠里の記憶を取り戻すためなら、今の会社を辞めても構わない。メールに気づいてやれなかった俺のせいでもあるのだから。
いつの間にか、日が暮れ、夜の帳が降りていた。吹く風も刺すように冷たい。手を摩りながら、駅へ向かう道すがら、悠里から返信メールが届いた。
「今日は無理です。信恵さんにジャガイモを買って来るように頼まれたので。すみません」
「その必要はないよ。朝木さんには酷な話だけど、信恵とは食事をする機会もなくなると思う」
「どういうこと?」
「会ってから詳しいことを話すよ」
鴨のローストがテーブルの上にのっていた。淡い光の中で光るローストは否が応でも食欲をそそった。
悠里は今、大地といっしょに食事をとっていた。悠里はメールで鴨のローストが評判のフレンチレストランに呼び出された。そして、一連の襲撃事件の顛末を聞かされた。
信恵がわたしを襲ったということに現実感が湧かない。大地は食事をしようとしない悠里を見て、心配そうに訊ねる。
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