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「食欲がないの?ここの鴨のローストは絶品なんだぜ」
「ごめんなさい。なんだか信じられなくて」
「まあ、無理もない。じゃあ、追加のパスタはキャンセルするかい?」
「大丈夫。食べるわ。うちの母親がよく言っていたことを思い出した。食べ物を粗末にすると罰が当たるって」
「僕もおばさんに言われたことがある」
「あ、ごめんなさい。わたしって無神経よね」
「いいさ。産みの親より育ての親っていうだろう」
大地はすでにローストを平らげ、パスタを持って来るように指示した。
「朝木さん、僕、考えたんだ。君の記憶を取り戻すための計画を。名付けて、ロストブライド復活計画」
「ロストブライド復活計画?」
「うん。君と出会った頃をスタート地点として、もう一度やり直すのさ。そして、ゴールは君の花嫁姿を見るまでだよ」
「雨宮さんは、それでいいの?」
「ああ、時間はかかるかもしれないけど、僕は最善の策だと思う」
自信ありげな大地は悠里に素敵に映った。多分、この感じに惹かれたんだろう。
「わたし、頑張ります」
「いいね。その笑顔。笑みは心を開く鍵だよ」
「白桃も食べられるようにします」
「いい笑顔だよ」
そして、わたしたちは結婚した。記憶はまだ不確かで曖昧なところもある。だけど、大地の良さが本当によくわかってきた。ロストブライド復活計画は一応の成果をあげた。
悠里は真緒からブーケを手渡された。
「木嶋さん、ブーケ、受け取れないよ」
「いいのよ。まだ当分、結婚する予定はないし、それにまだ会社が軌道に乗っていないでしょ。だから結婚なんて考えてる場合じゃないよ」
ハゴロモ文具は社長と専務の逮捕で大荒れに荒れた。一時は難破しかけたが、わたしたち社員が一丸となって会社を盛り立てた。
その甲斐あって、顧客が戻ってきた。そして、株価も安定している。ただ、まだまだ崩れた信頼を完全に取り戻すには至っていない。
人は皆、アイデンティティーを補強するために記憶を大切にしまっておく。だけど、わたしは気づいた。アイデンティティーを維持したところで人は強くはなれない。むしろ、自分を認め、信じてくれる仲間がいればいいと。
信恵にも、本当に理解してくれる人がいればよかった。でも、いつか彼女にも現れると思う。そう信じたい。
悠里はブーケを宙へ向かって投げた。ブーケは綺麗な弧を描いて、小さな少女に届いた。
END
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