不埒な弟

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 いわゆる、現代でいう、ブラック企業に父親は籍を置いていたわけで、労災認定は下りていたものの、父親が還ってくるわけでもなく、悠里は、補償金と母親のパート代で二十六歳まで育てられた。  母親は悠里を自慢の娘にしている。他所の家庭の母親はどうかわからないが、世間一般では、その関係性は良好だ。  悠里は大手文具メーカーに勤めるOLだ。高校卒業後、学校推薦で入社した。担任の先生は、朝木なら大学進学も叶うのに、残念だとこぼした。だが、悠里は別に勉強したいことがないので、構わないと答えた。それに、早く会社の一員になって、母親を安心させてやりたいと言った。  担任は呆れるように、本当に親孝行な娘だなと言った。  もちろん、本音と建て前は違う。行ければキャンパスライフというものを謳歌したかった。社会にも出たい気持ちはあった。だけど、大学に行って何かを掴むこともこれからの人生を占う意味で必要だと思った。つくづく、自分は恵まれていないと思った。  しかし、時には発想の転換も必要で、社会に先んじて出ることは、キャンパスライフを安穏に送っている人たちより、精神的に強くなれるし、何より働くことの意義が早くわかる。これだけでも、悠里は就職を選択したことに後悔はなかった。  今日は待ちに待ったウェディングドレスの試着日だ。そう。朝木悠里は二か月後の十一月に結婚を控えていた。お相手は同じ会社の先輩の雨宮大地だ。悠里より十歳年上だが、会社内では頼れる兄貴分だ。仕事はもちろんできるが、会社の催しものや、宴会には人よりも率先して行動する。彼曰く、高校、大学時代には体育祭や文化祭になると、燃えるのだと言った。その精神をいい意味で社会人になって継承している。  悠里が新入社員のとき、教育係りが雨宮大地だった。大地は体育会系を思わせる浅黒い顔をしており、運動が苦手な悠里とは対照的だった。だが、意に反して、教え方は丁寧で、繊細さを感じた。  悠里は始め、一人の先輩社員としてしか見ていなかったが、しごとをしていくうちに、無意識のうちに彼に惹かれ始めている自分に気づいた。高校は女子高だったので、異性との付き合いは皆無だった。小鳥が最初に見たものが親鳥だと思うように、悠里が最初に感じた異性を運命の人と思うようになったのかもしれない。  そんな悠里の好意を知ってか知らずか、大地は悠里を子ども扱いする。それは、悠里にとっては気分を害するものではなく、心地いいものになった。大地は社内では女子社員の目を釘付けにする存在だった。社内では悠里と大地の交際は秘密であった。
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