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二人だけの秘密が共有されることで、悠里はますます熱に浮かされたようになる。これが優越感というものか。
会社に行って大地と顔を合わせる度に、二人だけのサインを交わす。もちろん、色恋だけにかまけているわけではなく、仕事もきちんとする。つまり、恋をしていると、自ずと仕事もうまく行くのだ。その都市伝説はあながち、嘘ではなかった。
営業の大地は成績も優秀。社長賞を二度も受賞している。上半期もこのまま、トップを譲ることなく殿堂入りも近い。偏に、大地の努力と才覚もさることながら、悠里の存在が大きかった。
内助の功というのは、タイミング的に早い。だが、大地との温かな家庭を夢見るだけで心が浮き立つ。母親にはまだ紹介していないが、きっと母親も喜ぶはずだ。
ある日、悠里がコピー機の前で資料のコピーをしているとき、後ろから声をかけられた。そこには広報の木嶋真緒がいた。悠里と同期入社の彼女は、人懐こい笑みが特徴的だ。
「あのさ、悠里さ、もしかして営業の雨宮さんとつきあってるの?」
遠慮がちに尋ねる真緒はまるで、一世一代の告白をしているみたいだ。
「あれ、バレた?」
「やっぱりね。わたし、昨日、雨宮さんといっしょにいるところ、見ちゃったの」
真緒は別に悪気はなかったのよと言いたげだ。もちろん、見られたからといって慌てることはない。そもそも、男女交際に関して、人にとやかく言われる筋合いはない。
そうは言ってみたものの、悠里は二人の関係を公にできる自信はなかった。妬みや嫉みの対象になるのが怖かった。大地の方は交際を堂々と宣言してもいいような雰囲気があったが、やはり、悠里が怯んでいるので、大地も無理強いはしなかった。
「それで、どこまで進んだの?」
真緒は瞳を輝かせていた。まるで、女子高のうぶな生徒のように。
「進んだって?」
「なに、すっとぼけてんのよ?彼とは寝たの?」
「ちょっとやめてよ」
悠里は思わず、声が大きくなる。真緒は悠里に比べて、男性との交際回数は若干多い。大言壮語の彼女にしてみれば、悠里の男性に対しての接し方はじれったいのだろう。
「まあ、いずれ、社内で公になるかもね。言っとくけど、わたしは内緒にしてあげる。感謝しなさい」
恩着せがましい真緒は、なんだか憎めない。ただ、人前でのろけられないのが残念だ。そう考えられるということは、幸せの証なのだ。
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