再出発

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「違う。君は警備員がやったことにしたんだ。防犯カメラに君が映っていない以上、君は疑われることはない。だけど、君は悠里を殺し損ねた。 「どういう意味?」 「君は一撃で悠里を葬ろうとした。だが、計算外のことが起きた。君は僕と同じ柑橘系の匂いに敏感に反応してしまう体質だった。あの日、彼女はレモンの香りがするシャンプーで髪を洗ったのさ。だから、君はその匂いに耐えられず、悠里を仕留めることができなかった」  大地は立ち上がり、信恵の傍らに座った。信恵は嫌悪感を露わにして、腰をずらした。 「信恵、君は俺と似ていた。曲がったことが大嫌いな性格だった。いつからこんな風に変わってしまったんだ?」 「変えたのはあなたでしょう?」  信恵は知らぬ間に泣いていた。信恵は悲しみに暮れた弱気な表情を浮かべた。半笑いをしているが、あまりの醜態に、大地は言葉を失う。 「ねえ、見逃してほしいわ。父親が密輸で捕まって、わたしが殺人未遂で捕まったら、ハゴロモ文具は本当に終わりよ」 「信恵、君は自首して罪を償うべきだ。そのやり方が君らしいと思う」  大地は立ち上がると、しばらく俯いたままの信恵を見下ろしていたが、何も言わずに出て行った。  腰縄に繋がれた克也が法廷に現れた。その瞬間、傍聴席が騒がしくなった。  裁判官が木槌を打ち、静粛にと注意を促した。二人の廷吏に挟まれるように入廷してきた克也はげっそりと痩せていた。  両手は手錠がかけられていた。野獣のような気配は消え去り、足取りも重りがついているように覚束ない。  絵美は座ったまま、ひざ下で両拳をぎゅっと握った。  初犯でも、被害金額が大きい場合や、グループを組んでの悪質な行為と見なされる場合、被害者家族との示談がない限りは、執行猶予がつかない懲役刑になる場合がほとんどである。  そして、詐欺罪のような犯罪が特殊な場合、略式裁判ではなく、法廷に姿を現して、判決を聞かなければならない。
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