8. 笑顔でいてほしくて、

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 ここ数日間で、このキッチンにもすっかり慣れた自分に内心驚いている。  このキッチン―――というか、この家での生活全てに。  修平さんとの暮らしはとても楽しい。  ほとんど初対面の彼と一緒に暮らすことになった時は、本当にどうしようかと青くなったりしたけれど、借りている客間は私の住んでいたアパートの部屋よりも広いし、ゲスト用のシャワールームが部屋の前にあるから、夜にお風呂に入ったり朝身だしなみを整えたりするのに気兼ねしなくて済んでいる。  私の休みが土日ではないこともあって、家の中で一緒に過ごすのはごくわずかで、ほとんど食事の時くらいだ。  だけど、修平さんが私に必要以上には近付いてこないことも、大きな理由の一つだと思った。  ちょっとのことで赤くなったり戸惑ったりする私のことを面白そうに構ってくることは良くあるのだけど、一定の距離を取っていて、それを無理やり縮めてくる様子はない。  そのことに気付いてからは、彼の前で肩の力を抜いて過ごすことができるようになった。  修平さんが私の頭を気軽に撫でることは割とよくあるのだけれど、それ以上にアンジュのことを事あるごとに撫でたり擦ったりしている。  アンジュは犬だから、もちろん話すことは出来ない。でも修平さんは、まるでアンジュが話すことに返事をしているみたいに声をかける。それを見ていると、彼らは本当の家族なんだなって思えてくる。  私のことを撫でるのも、『家族』みたいに扱ってくれてるからなんだ。  そう思うようになった。   『家族』みたいに接してくれて嬉しい。  嬉しいはずなんだけど、何故だか胸が時々痛む。  自分に芽生えたこの気持ちが、一体何なのか。  私は良く分からない。  どこからか降ってきたモヤモヤとした何かが、心の底に少しずつ溜まっていくような気がしていた。
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